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吉村作治 エジプト博物館
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第2回 「第一塔門」 6/9〜
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スフィンクスアベニューが始まるというか終わるというかの所にはどこの神殿にもあるように、塔門があります。
ルクソール神殿はカルナク神殿の付属神殿というか、オペトの祭りだけに使われる神殿なので、1日中たいまつとか音楽とか踊りとかでにぎわうんですね。それには第1塔門のところにいくつかのへこみがあるんです。そこに、幟というか、旗を立てる。風林火山の幟みたいな、赤とかブルーの旗を立てるんですね。また、上に見える穴のようなところからは垂れ幕をきれいに垂らして飾るんですね。

もう一つ見ていただきたいのは真ん中にあるオベリスクです。2本(すなわち、一対)ありました。なぜ今1本しかないかというと、1819年に当時エジプトを支配していたモハメド・アリという王様のところに、フランスのナポレオン3世がやってきたんです。エジプトのルクソールまで来たんですね。そして、王様に時計をさしあげたんです。その時計は今もモハメド・アリの作ったモスクのところに飾ってありますが、イスラムの風習では何かをもらったら何かをあげる。日本でもそうですけどね。
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オベリスク(ルクソール神殿)
王様はナポレオン3世に、『欲しいものはありますか?気に入ったものがあったらさしあげますよ』。なんて言いました。すると、ナポレオン3世はなんと、ここにあったオベリスクが欲しいと言ったのです。
モハメド・アリとしては、まさか持ってきゃしないだろうからと、「どうぞ」と言ったんです。そしたらナポレオンは本気にして、軍艦を持ってきてもってっちゃった。そして、フランスのシャンゼリゼから下りてきた、ルーブルに行く途中のコンコルド広場に立てたんですけど、その物語が1冊の本になっているんです。大きな本にです。そのぐらい衝撃的な話だったんですね。
今1本しか残っていないのでエジプト政府は返すように行ってるのですが、「くれたんじゃないか、しかもただでもらったわけじゃない」、と応じない。いくら当時珍しかった時計といえどもちょっと度が過ぎていませんか、という話なんです。
このオベリスク、高さが25m、重さが260tありますから、すごいものだと思いますけど、材質は赤色花崗岩、赤みかげです。アスワンから持ってきたものです。どうやって運んだかも全部わかっています。ルクソール神殿といえば、やっぱりオベリスクですね。
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吉村作治〜私の素顔
吉村作治さんの写真1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在サイバー大学学長。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!

情報提供: HISTORY CHANNEL
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