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吉村作治 エジプト博物館
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第3回 「18王朝代の塔門群」 5/19〜
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きれいですね。池に映ってますでしょ?塔門…、皆さんもうご存知ですよね、ピロンとかパイロンとかいいまして。神殿の入り口です。東西の軸船に対して南北の塔門を作り、列柱室をきちっと作っていった王様は18王朝後半のトトメス3世、ハトシェプスト、18王朝と19王朝の境にあるホルエムヘブですね。
この人たちが第7、第8、第9、第10と塔門を作っていきました。この塔門には結構いろいろな話があります。
例えばホルエムヘブの第9、第10塔門というのはアメンヘテプ3世、4世が、この上にあったアクエンアテンのアテン神殿をこわして、その時に出た石を使って作ったのです。
それが約3400年平気でいたのですが、今から50〜60年前に地震でこの塔門が崩れました。作り直しでずさんだったのかもしれませんが、出るわ出るわ。アクエンアテンの名前のついた石がごろごろ出てきた。これを集めたら塔門が塔門でなくなった。どうしようかと言ってるうちに20年も30年も経ってしまったということですが、不思議なことなんですけど。
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第8塔門
(カルナク大神殿)
そのほかにも第8塔門とはハトシェプスト女王時代につくられました。第7塔門を作ったのはトトメス3世です。トトメス3世が即位して、次にハトシェプストが即位して、その死後にまた、トトメス3世に戻って、と第7、第8塔門の時代は複雑な時代でした。その時代にはじめて、東西軸から南北軸へと変わっていったのです。
このハトシェプスト女王の塔門も地震で壊れました。そうしたらハトシェプスト女王の名前の入った石のレリーフが出てきましてね。それはもう取り壊してしまって第1塔門の北側のところにオープンエアミュージアムというのをつくってそこに飾ってあります。
そこで初めてハトシェプスト女王が建てたオベリスクについて、どういう順序で石を切り、運んで建てたのか、何日かかったのか、というようなことがわかったのです。
地震は大抵の場合、人々の生活を乱すものですが、このように、遺跡の中に塗りこめられた歴史を表に出すといった、よいこともたまにはあるのです。
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吉村作治〜私の素顔
吉村作治さんの写真1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在サイバー大学学長。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!

情報提供: HISTORY CHANNEL
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