| 第1回 |
「カルナク大神殿とオペトの祭り」 |
4/7〜 |
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この写真はオペトの祭りについての様子を描いているんですね。オペトというのはそのものが「大収穫祭」とか「大祭」という意味なんですけど、オペトという固有名詞となっているので我々は「オペトの祭り」と言っています。
カルナク大神殿といえばたくさんの儀式や祭りをするのですがオペトの祭りにつきるといって間違いないでしょうね。
もともとこのカルナク大神殿は古代ではアメン大神殿と呼ばれていました。このアメン大神殿というのはアメン神、エジプト全土を支配する、神様の中の王様みたいな存在です。
エジプトの神様には家筋…系統のようなものがあって、国家的なもの、エジプトができたときのグループ、それぞれの町にある、氏神のような神様にかかわる連合みたいなもの、3つぐらいの系統がありました。アメン神はその中の、氏神みたいなところから出てきたのですが、新王国時代にエジプト全土を支配してしまったのです。神の中の王なんていう存在なんですね。
古代エジプトの神様というのは、その神さまひとつで独立的に存在しているのではなく、家族を作っているんですね。 |
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カルナク大神殿
(ルクソール東岸) |
アメン神の奥さんはムウトという女神です。この女神はなかなか強い。しっかり者というか、肝っ玉母さんのような神様なんですね。アメン神というのはもともとは『隠れたる者』、『寄り添う者』という意味で、男としては弱々しいのでムウトという肝っ玉母さんのくっついたのです。
そしてこの二人の間にコンスという子供がいた。コンスは月を表わしていますので、アメン神は太陽にならなくてはいけなかった。そこで太陽神ラーと習合したのです。
習合とは合体して両方の性格を持つということです。古代エジプトでは1000ぐらいの神様がいるのですが、そのうちの3分の1ぐらいは習合して段々大きくなっていったんです。
時にはギリシアの神様と習合したり、メソポタミアの神様と習合したりして、どんどん神様は増えていきました。増えれば増えるほどいい。エジプトでは神様は多ければ多いほど繁栄するという考え方もあったのです。
太陽神ラー神と合体して太陽神アメンラーと名乗れば、息子のコンスという月の神と共に、昼と夜の両方を支配することができる。こうしてエジプトとあの世、来世ですね、を支配できるという広がり方をしていくのです。
そういうものの集大成がカルナクのアメン大神殿というわけなんです。 |
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在サイバー大学学長。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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