ご覧のように、小神殿はちょっとこじんまりしています。全体の山は大きいんですけどね。彫像もあまり大きくないですね。大神殿の彫像の大体半分の11mぐらいです。それが6体あります。
この神殿はラムセス2世が王妃のために作ったものです。古代エジプト3000年の中で王妃のために神殿を作ったのはラムセス2世だけです。残ってるものも当然、これだけですね。「まあなんと偉大なる王妃なんだろう」と皆さんおっしゃいます。人によっては『相当な恐妻家で、神殿を作らないと王妃が許さなかったんじゃないか』と言う人もいます。不思議なことに王妃の墓で唯一残っている、つまり見つかっているのも、ラムセス2世の第1王妃のネフェルタリの墓だけです。ルクソールの王妃の谷のメインです。
恐妻家というだけでなく、ラムセス2世は父親をものすごく大事にしてまして、父親の神殿も完成させていますし、カルナク神殿や、自分の神殿もちゃんと造っているでしょ?ですから王妃の物を造るのも、男としてはなかなか立派なことだと私は思っています。恐妻家だろうとマザコンだろうと関係ないと思うのですけどね。そんなことで、王妃のために作られた神殿で、今残っている、唯一のものです。 |
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ハトホル女神 (アブ・シンベル小神殿) |
中にハトホルという女神がいます。ハトホルは美の象徴。美しさや多産の神様で、イシスと同様にナイル川を守るという神性もありました。ネフェルタリはそのハトホルの化身と考えられています。
中に入りますと大神殿と同様に大ホールがあります。といっても大神殿の大ホールほどではありません。4分の1ぐらいですかね。大神殿には4対、8本の柱がありましたがこちらは3対、6本。そのあたりは控えめなんですね。3本ずつの角柱があって、大神殿ではオシリス柱であるところがハトホル柱になっています。ハトホルの顔をした女性が6つくっついているのです。
ネフェルタリはどうやら年上の女性だったようで、ずっとラムセス2世の王としての誇り、行動を擁護していた。年が上ですから先に亡くなりました。王妃が先というのは珍しいですけどね。そしてそのあと、ラムセス2世はなんと30人以上もの王妃を持ったといいます。そういうところを見るとやはり恐妻家だったのかな、という気がしますね。
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在サイバー大学学長。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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