| 第2回 |
「アズハルとフセイン・モスク」 |
2/11〜 |
この写真はフセイン・モスクとアズハル・モスクの間のところで金曜日の礼拝をしているところです。これがもう、すごいんですよ。毎週毎週、人がわーっと集まって。いろんな説教をするんです。普通のことを言ってるように聞こえるのですが、みんな「なるほど、なるほど」と感心して、次の1週間を清らかな気持ちで過ごす。これが金曜日の集合礼拝なんです。
イスラム教というのは最近話題になっていますので、スンナ派とシーア派というがあるのは皆さん、ご存知ですよね。
シーア派というのは、、預言者ムハンマドのいとこ、シーア・アリの党派。こちらがもともとは正統なんですね。スンナ派は『預言者の言った言葉』というような意味で、「預言者が言った通りに私たちはイスラム教を広めていきます。」という派です。日本人がするように、正統派、異端派という分け方はちょっと違うと私は思うのですが。どちらにしても、スンナ派とシーア派はいつも乱れている。 |
 |
| フセイン・モスク(カイロ) |
エジプトの場合、最初はアムル将軍がそうでしたからスンナ派で入っている。そして、エジプトをスキップして、チュニジアのところにシーア派の人たちがいたんですね。エジプトのスンナ派がちょっと弱体化してきた時に、エジプトのような大国を自分たちのものにするとすごくいいと思って、預言者ムハンマドの娘、ファーティマの流れを組んだ人がシーア派の人を頭としてエジプトに攻め入り、10世紀になってエジプトにファーティマ朝を始めるんです。娘の名を冠にしたということですね。
そしてその時に、「今までのイスラム教の教え、解釈は違っている。預言者ムハンマドはこういったのだ」ということを広めるために、アズハルというところにマドラサ(『学校』と訳していますが)をつくり、エジプト全土から賢そうな人を集めてきてイスラム教の本質を教えたのです。
これが今の大学につながるんです。アズハル大学は世界最古級、というより、もっとも古い大学といえると思います。
フセイン・モスクとは、イラクの方で暗殺された4代カリフ(イスラムの指導者)である、アリの息子のフセインを葬るためにアズハルにつくられたモスクです。
そんなことで、こんな人たちが未だにたくさんいるほど、エジプトではイスラム教が盛んです。 |
|
●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在サイバー大学学長。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
| 情報提供: |
 |
|
|
|
 |