個人の研究室…。隊長になったときにそれまで研究室で使っていたミーティングルームみたいなところを改造して自分で見るようにしました。これがその写真です。
ここでは個人部屋。一部屋ひとりが原則です。若い人で特に隊員が多い時には二人一部屋という工夫もしましたが。
私の部屋はちょっと大きくてみんなで話し合うということも大事なんですけど、一人ひとりに、例えば廊下をばたばた跳ねるのはよくないよとか、目上の人に対する口のきき方が悪いよといった個人的な教訓をたれるような時に自分の部屋に呼んでコーヒーでも入れながら「君は一生懸命なのはいいんだけど周りがよく見えないね」とか「発掘の最中に時々姿を消すけれど、ああいう場合にはトイレに行くとか自分のデータを集めるために村に行くとか言わないとまずいよ」とか、そんなことを話すためにも僕の部屋を大きくしました。
普段は日誌を書いたり、出てきた遺物と今までの発掘の経過、他の調査隊の報告書とのつき合わせなどのために大き目のテーブルを作りライトも強くした。 |
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| ワセダ・ハウスの中庭 |
特に、調査の中でいつも問題は起きるんですね。例えば給料を配る時、我々は毎週木曜日に1時間から2時間かけて一人ひとりに手渡しします。エジプトの特に労働者の人は直接お金を受け取ることによってその人からお金をもらっている、ありがたいという気持ちを持つのです。そのためには水曜日に銀行に行って、お金をくずして…彼らはお金を持っていないのでお釣りをもらうわけにいきませんから。きちんと何回も数えて封筒に入れ、領収書を用意して、字が書けない人もいっぱいいますから、その人たちのためにスタンプ台を用意して、母音を押してもらう準備。これには結構場所が必要で、かといってお金を扱っていますんで、みんなが集まるところでやるとエジプトの人にも見られてしまいますからまずいので、僕の部屋でやる。
言葉は悪いですが、雑用も多かったですね。
みんな、中庭でピンポンやったり、楽しかったですね。木曜に給料を配った後にピンポンをやるというのが習慣になっていました。 |
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在サイバー大学学長。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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