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吉村作治 エジプト博物館
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第3回 「フィラエ島のイシス神殿」 12/17〜
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移築前の水没したイシス神殿
(アスワン・フィラエ島)
フィラエ島のイシス神殿というのは美しいんです。ナイル川の真珠といわれています。1966年、初めてエジプトに行ったのですが、夏場になるとナイル川の水位が上がります。水位が上がったために神殿の塔門の1mぐらいのところまで水が上がる。全体で7〜8mですかね、ここを船を漕いで、岸辺からフィラエ島まで行くのです。塔門の上に乗ることができまして、いい眺めでした。
ところがフィラエ島の周りに鉄板と土で堤防ができたんです。これがグロテスクで。ポンプで水を掻き出して、水が引いたところにフィラエ島とイシス神殿が見えて、階段がついていて降りていくんですがどうもスマートじゃないんです。そこでエジプト政府はアギルキア島を、イシス神殿がきてもおかしくないようにフィラエ島と同じような形に切ってイシス神殿を移築しました。
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移築後のイシス神殿
(アスワン・フィラエ島)
フィラエ島はアスワン・ハイダムと旧ダムの間にあったのですが、ここで水位が安定してしまったら大変なことになるという、エジプト政府とユネスコとの考えで移されました。かかった費用は当時のお金で約1500万ドル。今から40年ぐらい前のことですが、今だったらどのくらいでしょうかね。ところが誰もこれを払わない。エジプト政府にはお金はありません。ユネスコもそんな、1500万ドルなんて、という時に、ぽんと払ったのが当時のケネディ大統領でした。
エジプトには反米の人が多いのですが、ケネディだけは大人気なのはこの時にぽんと出したからです。その後はだれも1円たりとも出していませんからね。
その後、エジプトとアメリカの間柄は段々悪化しましたが、ムバラク大統領の時に仲直りして、政府は親米です。国民はイラクのこともあり、反対していますが、エジプトとアメリカの親善はケネディ大統領がフィラエ島のイシス神殿の移築のお金を出したところから始まりました。地獄の沙汰も金次第とはよくいったもんです。今でもイシス神殿に行くと船頭さんが『ケネディって知ってるか?僕は友達だよ』なんて言ったりします。本当は会ったことないのに。そもそもケネディはエジプトに来ていませんから。でも、そのくらい、ケネディはフィラエ島のイシス神殿の救世主として今も残っています。
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吉村作治〜私の素顔
吉村作治さんの写真1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在サイバー大学学長。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!

情報提供: HISTORY CHANNEL
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