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吉村作治 エジプト博物館
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第4回 「ヌビア」 11/26〜
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タハルカ王頭像
(カイロ、エジプト博物館蔵)
ヌビアのもともとの意味は古代エジプト語で『黒い人たちの住むところ』。『黒』ということです。古代エジプト3000年間でたった一時期、50年から60年ですけれど、ヌビアがエジプトを支配した時があるんです。ヌビア王朝というんですけれど。ピアンキやタハルカといったこの時代の王様は、エジプトに来てびっくりしたんです。あのピラミッドにです。
周りの人にあれは何かと尋ねると、王様の墓だといわれたのです。王様たちは即座に故郷に戻って自分たちの墓として、ピラミッドを造りました。ですから、ピラミッドは墓ではないと私は言っていますが、ヌビアにあるピラミッドに限っては目的は墓なんです。なぜ墓かというと、誤解からですね。ガセネタとでもいうんですかね。それを本気にして墓として造ったということです。ですから、高くても10メートルぐらい。5メートルから10メートルぐらいのが無数にあります。王様だけでなく、貴族もみんな造っています。
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メロエのピラミッド
ヌビアには私も行きましたが、メロエという地にナパタとシンディというところがあります。この2つの場所は時代は多少違うのですが、ここにあるピラミッドはすごいです。まさに『ピラミッド群』という感じですね。
実はみなさんがこのヌビアのことでよくご存知のことがあります。それはオペラの『アイーダ』。最近はミュージカルのアイーダというのもありますけど、オペラのは有名ですよね。アイーダというヌビアの王女がエジプトにとらわれて王妃のところに女奴隷として連れて行かれる。その女奴隷のアイーダに恋をしたのがエジプトの司令官のラダメスという人です。
この物語を作ったのは、エジプト学者でエジプト学の父とも呼ばれる、マリオットだといわれています。この人が作曲家のヴェルディ頼まれ、スエズ運河の開通に合わせて、ストーリーを作った。オペラですからストーリーは悲恋です。そうなると、北側の物語よりも南側の方が神秘的と思ったんでしょうか、中王国時代のエジプトがもっともヌビアに悩まされて、ヌビアに対して力を使っていた時代の王女様の恋物語、悲恋を描いたわけです。何回見ても涙が出るというか、いい物語です。
実はラダメスのモデルになった人を私は2005年の1月5日に見つけたんですよ。セヌウという人ですけど。あとはアイーダを見つければ最高なんですが、今はスーダンのあたりで発掘をしていますから、見つけることは不可能かと思います。
歴史、考古学、文学といったものが大体同じところにあるということが、これで証明されたわけです。
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吉村作治〜私の素顔
吉村作治さんの写真1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在サイバー大学学長。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!

情報提供: HISTORY CHANNEL
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