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イシス女神のレリーフ (フィラエ島、イシス神殿) |
フィラエ島というのはイシス女神の生まれ故郷です。素晴らしいところです。しかし、1960年代後半にアスワン・ハイダムができたために、フィラエ島は水没してしまいました。フィラエ島よりも高さのある、アルギリア島というのがすぐそばにあって、そこを整形してフィラエ島からイシス神殿は移しています。
イシス神殿は今から2300年ほど前のネクタネボという王様がきれいに造った神殿で、入り口、アプローチをずっと上がっていくと2本のオベリスクがあったんです。1本は盗られてしまい、おそらくはイギリスにあるだろうと思います。個人の邸宅の庭に立っているということですが、それには何とクレオパトラの名前が書かれていまして、クレオパトラが奉納したものといわれています。このオベリスクに書かれているクレオパトラの名前がヒエログリフをとく第一歩となりました。そのほかにもラムセスとかそういう名前がヒエログリフを解く元となったのですが、もともとはご存知のようにロゼッタストーンです。ロゼッタストーンに書かれたヒエログリフとディモティックと古代ギリシャ文字を合わせながらシャンポリオンが解いたわけですけどね。そして、それが本当に正しいかどうかというのをオベリスクのところに書かれているカルトゥーシュ、王様の名前を書いたもので確かめた…。復習という感じでしょうかね、それでわかったのです。
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移築後のイシス神殿 (アスワン、フィラエ島) |
そして、そこを入ると第1中庭、そして第2塔門があって、第2中庭と至聖所があり、あまり大きくないけれど、イシス女神を祭ったきちんとした神殿があります。その中の西側の水辺のところにこの地がイシス女神の生まれ故郷でここからナイル川が湧き出ている、すなわち水源であるという、レリーフがあります。実は古代エジプト人はナイル川の水源地がここだと考えて
この下から水が湧き出てくると思ってたんですね。実際は違うんですよ。でも、この大地の下からイシス女神が水を吸い上げている。イシス様ありがとう、と考えていたわけです。
フィラエ島はナイル川の水源でそれでエジプトが救われている、農業はうまくいき、人々が暮らしていけるのだということで、イシス女神というのは大変重要な神様であることがわかります。 |
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在サイバー大学学長。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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