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ルクソール神殿
(ルクソール東岸) |
ルクソール神殿はアメンラー、アメン、といった中心的な神の神殿なのですが、実はこの神殿、1年中アメン神がいて、1年中使われているというのではありません。使われるのは1年に1回、1ヶ月だけです。もちろん、普通の時に人々が来ておまいりするのは大丈夫なんですよ。お供物持ってきたり、お賽銭出したりするのはいいんですけど、神様が来るのは1年に1回、オペトの祭りの時、つまり夏の始まりですね。ナイル川が氾濫する少し前からひと月、ここに移ってくるのです。
ここでアメン神、妃のムト(メンチュともいいます)、月の神様コンスが集まって、人々と一緒に飲めや歌え。食べ物も自由に振舞われたようですよ。一晩で10万個のパンを食べたとか、1万片の肉のかたまりを持ってきた。いくらなんでもこの数字はオーバーだと思うので話半分にしても、それにしてもすごい数のものが持ってこられた。
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アメン神像とムト女神像
(ルクソール東岸、
ルクソール神殿、
大列柱廊の東壁) |
アメン神の神像はルクソール神殿の聖なる部屋に置かれて、その周りに人が集まるということなんですね。もう皆さんご存知のように、神様というのは、古代エジプト人の、きちっとあの世と神を作ったことからわかるように、我々自身に見えないんですね。日本の神様も見えません。お神輿の中にも基本的には何も入っていない。しかし、それじゃ困るじゃないですか。そこで古代エジプトでは神様の彫刻を作る。これが神像です。金や石で作って永遠性を持たせて収めます。収めただけではダメで、この神像にあの世からやってきた神様が宿る。そうすると神像が生きる、生き生きとする。
神様が生きた人間と変わらないとなると、食べ物が必要だろう。きれい好きだから入浴も必要だろうし、散歩も必要だ。はては別荘も必要だろうと、カルナク神殿のいわば別荘殿として、久ソール神殿にひと月、息抜きに来てみんなと一緒に豊作祈願をする。全く人間ぽいですよね。
その、神様のお世話をするのが神官といいます。宮司ですね。この神官はカルナク神殿で5000人、ルクソール神殿で1000人いたといわれています。大変な働き口ですよね。そんなわけでルクソール神殿はひと月間、ナイル川の氾濫期に飲めや歌えの大騒ぎをしたということです。 |
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在サイバー大学学長。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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