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アメン神 (ルクソール博物館蔵) |
カルナク神殿は古代からこう呼ばれていたわけではありません。現在、この神殿のすぐそば、東側に隣接しているところにカルナークという村があり、この村に隣接している神殿ということで、カルナク神殿と呼ばれるようになりました。もとの名前は『アメン大神殿』といいます。
アメン神というのはまた不思議な神様で、その神性、神様の性質というか性格は、『隠れたるもの、目立たないもの』という意味です。目立つものがあるとすっと寄っていって、その神様の神性をとってしまう。正確には合体しちゃうんです。専門用語で「習合する」といいます。
エジプトの神様は1000もあります。なぜそんなに増えたかというと、神と神が習合するからなんです。2つはともかくも、3つも4つもくっつく場合があって、そうして増えていきます。 ひとつの神様が、ある特定の能力…例えば繁栄に関係することや、権力に関係することといった、誰もが欲しいと思うような力を持ってるとしますよね、そしたらもう一人の神様はその能力を持って、強くなりたいと思う。専門店がデパートになるみたいなもんですね。こうやって段々大きくなった最たる神様がアメン神です。もともとアメン神はワセトの主たる神、ではなく、もう少し南のヒエロコンポリスを中心としたところの神様だったのですが、ワセトと行き来しているうちに、ワセトの主たる神様、勝利をもたらす戦いの神、メンチュ神と習合してメンチュアメン神となったのです。
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アメンラー神像
(ルクソール東岸、カルナク神殿出土 イタリア、トリノ博物館蔵) |
ある、ひとつの街の神様でなく、周辺地域の主たる神様として治めるようになり、力が強くなっていって上エジプト全体の主たる神様となったのです。現在のカイロを中心とした下エジプトを束ねていたのはラー神。太陽神・ラーですね。このラーとアメン神が習合することになって全エジプトを治めちゃおうということになって、アメンラーという神様になった。すごいですよね。
一地方の神様が地域の神様になって、それが国の神様になり、やがて国家神になる。地方神から国家神になったのはアメンとラーだけですが、アメンはラーをも習合してアメンラーになった。しかもこれが約1500年、すなわち中王国時代の中盤からプトレマイオス時代までエジプトを支配する。その強い強い神様が根城にしていたところがカルナク神殿なのです。 |
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在サイバー大学学長。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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