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吉村作治 エジプト博物館
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第4回 「王家の谷」 9/24〜
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王家の谷
(ルクソール西岸)
王家の谷とは王様の墓のことです。山々が1000万年とか800万年かけて侵食されたり陥没したり、隆起したりして谷ができます。100年とか200年に1回、大雨が降ってナイル川のほうに流れていったそのあとです。
その中で比較的人が入ってこない地形、美しくて、入り組んでいて、隠れるのにいい場所に王様や王妃や王子、王女、つまり王家の人たちの墓を作ったんです。王家といっても古代エジプト3000年の間に32の王家の血筋がありまして、その中でも第18、19、20の3つの王朝の王の墓ですね。
王妃の谷というのもあるんですけど、ここにある王妃の墓で明確なのはネフェルタリのものだけです。ほかの王妃…例えば、アメンヘテプ3世の場合も、ティとかキアといった王妃がアメンヘテプ3世のお墓の別の部屋に埋葬されていただろうといわれていましたから、王家の谷には王妃の墓も入っていますよ、という意味があります。
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ツタンカーメン王の黄金のマスク
(カイロ、エジプト博物館蔵)
王、王妃だけでなく、王妃のお父さんやお母さん、例えばティの両親、イウヤとトゥヤのお墓もあります。
今までの王家の谷は東の谷に58、西の谷に4のお墓がありまして、その中でどの王様の墓か、名前がわからないのは西の谷4つのうち2つ、東の谷58のうち2つ。あとの両方合わせて58ぐらいは時代も名前もわかっています。
一番最後にわかったのは1922年11月4日、ツタンカーメンの墓です。イギリスのエジプト学者ハワード・カーターが見つけました。劇的に!
私もこの、ハワード・カーターに憧れてエジプトの勉強を始めたのですが、やっぱりツタンカーメンの墓ですね。仮の墓ですから、小さいです。しかし、2000点余りのものが出て、カイロ博物館の全体の2割ぐらいはツタンカーメンのものです。一番印象的なのはあの黄金のマスクですね。今から40年ちょっと前に、日本でツタンカーメン展が開かれ、日本にも来ましたが。
ツタンカーメンだけでなく、ほとんどの王様が同様の黄金のマスクをかぶって、何重にも守られ、お棺の中に入っていた。それを思っただけでもすごいですよね。62のお墓のそれぞれの中に黄金の仮面があるわけですから。そういう時期にいてみたかったなぁ。タイムスリップしたかったなぁ。という思いがあります。ムリな話ですけどね。
王家の谷、ぜひ行ってみて下さい。
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吉村作治〜私の素顔
吉村作治さんの写真1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在サイバー大学学長。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!

情報提供: HISTORY CHANNEL
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