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貴族の墓
(ルクソール西岸、クルナ村) |
墓群とは、たくさんのお墓ということです。ルクソールの西岸ネクロポリス テーベはネクロポリスですから、墓地があります。おそらく5000ぐらいあると思われています。おおむね、貴族といわれる人たちのものです。王、王妃、王子、王女といった人たちの墓は王家の谷、王妃の谷というところに分かれていて、その間のところにクルナ村といわれているところに貴族の墓群があります。
そもそも貴族って何だかわかりますか?日本だとあの人は高貴だから貴族だろうとか、わりとあいまいですが、古代エジプトでは明確です。土地を持っている、位のある人を言います。
王様の場合、葬祭殿があるのでそこでお葬式をして、ずっと山の向こうにお墓を作りますから基本的にはお墓がどこにあるのかわからないということになっています。(実際にはわかってしまうのですが)。貴族の場合、そのような贅沢もできませんから、お墓の前を広場にして、そこでお葬式をする。そこで自分が深く信仰する神様を呼んだりして、そこに祠を作ったりする場合もあります。
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低位砂漠にある貴族の墓
(ルクソール西岸、アサシーフ、
ケルエフの墓) |
ここあたりの地形はリビア砂漠が高いところから低いところに下がって低位砂漠になっている。そして、東側に向けて耕作地がありますので、低位砂漠のところをお墓にした人は、基本的に、横穴墓といって、高低差で壁のようになっているところに横穴を作ってミイラ(死体)を入れるのですが、壁がなくて横穴を作れない場合、地面を掘って四角の広場を作っちゃう。石の地面、岩盤を5mぐらい掘って、人工的なスペースを作り、そこの壁の東西南北、それぞれの方向に横穴を掘る。1つのスペースを共有して5つとか、6つとか、多いのになると12ぐらいもできて、共有の広場でお葬式をします。ですから、お墓を隠すなんてできないですね。次から次へと人が集まってきますから。ですから埋葬されてすぐ盗掘されてしまう。我々が発掘をしますと、99.9%盗掘されています。しかし、泥棒は全部持っていってしまうわけではないので、残ったものをいくつか合わせて組み合わせると、当時貴族がどんな生活をしていたか、どんなものを持っていたか、生活の質がわかるわけです。お墓の中に描かれている絵と出てきたものによって、古代エジプトの貴族の生活が、かなりありのままにわかるんです。ですから、私がビールを復元できたのはその壁画が出てきたおかげです。 |
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在サイバー大学学長。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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