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ラムセス3世葬祭殿
(ルクソール西岸、メディネト・ハブ) |
古代エジプトでは王様の葬式には神様も参列します。一緒になって悲しむというより古代エジプト的に考えると喜ぶ。祝す。いよいよあの世に行って永遠の命をもらう。そうして王様は神様になりますから、神様の仲間入りということでお祝いといった方がいいと思います。もちろん、古代エジプト人も、死というのは表向きは大変素晴らしいことで、永遠の命をもらってあの世で復活再生するのはお祝いしなければいけないけれど、やはりひとつの生命が終わってこの世にいなくなるわけですから、悲しまなくてもいけない。裏表があって複雑です。
ですから、葬式の図などを見ますと、泣いてる人がいます。泣き女と訳されていますけど、一方では実質的のその人が亡くなって悲しいということを示し、もう一方であの世での再生復活を喜ぶんですね。
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ハトシェプスト女王葬祭殿 (ディール・アル・バフリー) |
一番有名なのは第18王朝の初めのころの、女性でありながら唯一エジプトの歴史に王として名の残されているハトシェプスト女王の葬祭殿でしょう。崖に三階建ての、ほとんど近代建築といえるような、能舞台のようなものがあります。実際にはハトシェプストの葬式は行われていたいといわれていますが、しかしそこには当時ハトシェプストがどんなことをしたか、例えばプントという国に貿易団(遠征隊)を派遣した時の、エジプトからプントにかけての航海の海の中に住んでいる魚まで克明に描かれている。ミルラの絵も描かれていました。ミルラは没薬(もつやく)と呼ばれ、ミイラの防腐剤や防臭剤として使われていました。このためミイラの語源になっていて、大変重要なものでした。これがハトシェプストの葬祭殿の庭に植わっていたんですね。
ハトシェプスト女王の神殿にはアスワンから赤みかげを切り出して運んできて、オベリスクが建てられていました。クレオパトラ・ニードルス(クレオパトラの針)といわれるオベリスクを運んできたり、生前の王や王妃の活動企画がこの葬祭殿に描かれていて、あの世に行ったら神様に『ああそうか、よくやった』といわれるようになっている。そのほか、ラムセス2世のものとかたくさんの人の葬祭殿があります。
そういったところを網羅しているところがクルナ村といわれているネクロポリス テーベです。
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在サイバー大学学長。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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