| 第2回 |
「ヒエログリフはどうして読めたの?」 |
8/13〜 |
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ヒエログリフ(ルクソール西岸、 ネフェルタリ王妃の墓の壁画) |
今から5000年ぐらい前にヒエログリフという文字ができ、みんなが使っていきます。ご存知のように文字は変わっていくし、文法もある。いろんな文字が増えていき、3000年ぐらい使っていくうち、エジプトがギリシャの支配下になっていく。アレキサンダー大王という人が今から2320年ぐらい前に世界制覇をしてエジプトはギリシャの支配下に入るんですね。それと同時にギリシャ人はエジプトの文化をつぶさないけれど、できればギリシャ語で話した方がいいと思っていた。
ギリシャ語は表音文字、音を中心とした文字で26文字でいいわけです。一方ヒエログリフは7000字もあり、やっぱり音で表わせるのならその方がいいかな、ということで、段々ヒエログリフが使われなくなってしまい、ついにいまから2000年前、古代エジプトが3000年経ったころにぱたっと皆ヒエログリフを使わなくなった。 |
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ロゼッタ・ストーン
(大英博物館) |
ところが、1798年、ナポレオンがエジプトを自分の支配下において、インドとイギリスの貿易を邪魔しようと考え、エジプトに行ったのですが、イギリスの方が強くて、ナポレオンは負けてやむなく母国に帰ることになります。その時、イギリスとフランスが戦うその瞬間、1799年のことですが、アル=ラシッドというところでひとつの碑文が見つかった。ギリシャ文字とエジプトのデモティックという、ひらがなのような文字と漢字のようなヒエログリフ、3つの字体で書いてある石碑、ロゼッタ・ストーンといい、今、大英博物館にありますが、さすがフランスの将軍、ムヌーという人が拓本をとってヨーロッパに送ったんですね。ヨーロッパの言葉は皆、表音文字ですから、みてもちんぷんかんぷん。ところが言語の天才と言われたイギリスのトーマス・ヤングという人が、これは音だけではない。形、意味を表わした表意文字であると言ったんです。これはなかなか頭がいいというか、鋭いですね。しかし、トーマス・ヤングの中でどうしてもわからないことがあった。それは、音と意味をあわせていくとどうしても音が余ってしまう。どうして音が余るのか。音と意味を一緒にして考えていますから、余ってしまうということは読めない、ということになる。
そこにフランスのシャンポリオンという人がきて、「読めなければ読まなければいいじゃないか。余ったなら音を消してしまおう」
これは天才の上を行く大天才。ついにヒエログリフが読まれたのです。1822年のことでした。
世界中でひとつの文明がこんなにわかっているのはヒエログリフのおかげ。シャンポリオンのおかげなんですね。
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在サイバー大学学長。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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