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吉村作治 エジプト博物館
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第1回 「ベニ・ハッサン岩窟墓」 7/2〜
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中部エジプトは、その距離300〜400kmぐらいですかね、その中でも一番近いところに、ベニ・ハッサンという遺跡があります。ナイル川を渡って東に行ったところにお墓があるんですね。中王国時代ですから今から4000年ほど前、300年ぐらい続いた時代ですかね、全部で39基のお墓がワーッと岩窟にあるんですけど、ここで「おや、ヘンだなあ?古代エジプト人は西側をネクロポリス、墓場にしたのに、なぜ東側にあるんだろう?」と思われる方もいらっしゃると思うんですね。私も最初、そう思いました。実はこの中部エジプトという地域は相当西側に…500kmぐらい行かないと盛り上がってこないのですね。上エジプトと下エジプトの間のところになりますが。ですから西にお墓を作れる地形がないんです。地理的条件が非常に悪いんです。そういう状況のところでサッカラやギザでは地下に掘っていくのですが、中王国時代は地下にお墓を作るのではなく、横穴式のお墓が多かったんですね。そういう地形のところに墓を作ったということで横穴式の岩窟墓というのですが、それを作るのに適した、余りにも立派な地形が東側にあったものですから、古代エジプト人はそこを次元を逆にした。すなわち、現世と来世みたいに、東を西に見立てて、なんてことを考えたのです。
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ベニ・ハッサン岩窟墓
(ベニ・ハッサン)
この39基の中王国時代の岩窟墳墓を見てきますと、その中には、王でないのに王墓に近い規模の墓があります。中も豪華絢爛な絵画が描かれていて、非常に面白いことに、スポーツの壁画が多いんです。一番有名なのは、レスリングの絵。レスリングといいましても、ルールはほとんど相撲です。今我々が知っているような、マットの上で組んでやるレスリングではなく、立ってやる。技も48手どころか80手ぐらいかかれているのですが、これがまた、今の相撲の決まり手によく似ている。お相撲の本当のルーツだというわけですねえ。
中王国時代のお墓というのは、古王国や新王国時代にない、なんといいますか、非常に現世的な場面がいっぱいあります。ぜひ、行かれることをお勧めします。
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吉村作治〜私の素顔
吉村作治さんの写真1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在サイバー大学学長。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!

情報提供: HISTORY CHANNEL
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