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吉村作治 エジプト博物館
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第4回 「ファイユームのピラミッド」 6/25〜
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バハルユーセフの風景
中王国時代、ファイユームを中心としてナイル川からバハルユーセフという運河を引っ張り、農地を開拓して王様の農地を増やし、王家が裕福になったという話をしましたけど、結局また、ピラミッドを造ろうという話になってくる。ピラミッドはトラウマになってるんですかね。祖先が造ったピラミッドは大事だと、王政復古みたいな感じが出てきたのか、ピラミッドを造ろう、ということになる。しかし、石を切って石を運び、石を積む。というのはとても大変だということで、どうするかと考え、石が大変なら土で造ればいいということになった。エジプト人らしい柔軟性というか、非常に賢い方法ですね。土をこねて、レンガにして積んだんです。工期は石のピラミッドの3分の1から4分の1。大きさを保てた上に工期が少なくなるのでじゃんじゃん造った。たとえばハワラという、ファイユームの南東にできているピラミッドは幅が80m、高さが100m近くあるんですよ。全部土。日乾レンガで積んで造られている。すごいですよ。しかし、今行くとぐじゃぐじゃになってまして、一応形として残っているのですが、泥ですから途中で削り取られたりしています。アル=ラフーンという所のものは上のほうが削り取られてぺちゃんこな小高い丘になっちゃっている。
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センウセレト2世のピラミッド
(アル=ラフーン)
我々が一番驚くのは、そのピラミッドがまさしくお墓ではないことがはっきりとわかることです。周りに“ラビリンス”(ギリシャ語で迷宮)といわれる、建物があるんです。人類最古の歴史家といわれるヘロドトスはここを『エジプトのラビリンス』と呼んだ。ともかく、ハワラのラビリンスは1500もの部屋があった。中庭は10以上。みんな同じような長方形の中庭に、一旦入ってしまったらどこに行ったらよいかわからなくなる。部屋も同じような部屋がいっぱいあって、その中に、大勢の王女や王妃がいる。みんな自分の部屋を持ち、そこでアクセサリーを落としたのか、何かのはずみで忘れたのか、また来年来るからと置いていったのかわかりませんけど、極彩色のアクセサリーとか洋服の端切れとか、食事の道具などが出てきました。
このラビリンスとは、エジプトの中では中王国時代のファイユームのハワラとかアル=ラフーンの、泥のレンガで作られたピラミッドの周りにしかありません。珍しいんですね。
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吉村作治〜私の素顔
吉村作治さんの写真1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在サイバー大学学長。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!

情報提供: HISTORY CHANNEL
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