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ファイユームというのは、エジプトを知ってる方には憧れの地というか、神秘の地というんですかね。アフリカ大陸広しといえども、こういう形の土地は少ないんですね。まず第一に内陸湖である。内陸湖であるのに、雨は全く降らない。砂漠のど真ん中にありますからね。なのに、水が充分に行き渡ってまして、その周りでエジプトの生産の3%ぐらいをまかなえるほどの農業生産があるという、不思議なところです。
カイロから行きますと、南西に約100キロ。自動車で1時間か1時間半ぐらいで着くんです。この1時間か1時間半というのが微妙な時間でして、カイロの人は金曜日がお休みで、礼拝に行って帰ってきてから出かけると、2時ぐらいにはファイユームに着くんですね。そして、ファイユームのカルーン湖のところでピクニックをするんです。鴨とかの水鳥を撃つ人もあれば、魚…カルーン湖は淡水ではなくて塩水ですから、海の魚というほどではないけれど、かますなんかがいますから、それを釣って楽しむ人もいます。本職の漁師もいるんですよ。私もカイロに留学していた時、月に1回ファイユームに行くのが楽しみでした。 |
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| カルーン湖 |
なぜかというと、ファイユームは中王国時代の中心地、イティ・タウィ…ファイユームからちょっと北に行ったところ…を都にしていたのですが、段々ファイユームの方に都が移ってくるんです。ですから中王国時代が中心なのですが、実は先史時代より、プトレマイオス時代までずっと、そこには人が住んでいました。住みやすいところなんですね。ですから、たくさんの遺物、遺跡がありました。人々が行って、自分で掘り出して持ってきて、街中のちょっとしたお店においてきた。骨董フリーマーケットみたいなのがあったんです。今はもうないですけどね。自動車で行って、箱とかザルに一杯でいくら、というような売り方をしていました。僕らにとっては教材にするのにとてもよかったので、たくさんは買えなかったんですけど、ローマンランプとか、土器とか石器なんかを買ってきて、トレース用紙に像をとって練習したんですね。そういうものを早稲田に帰った時にごっそりと持ってきて、学生の実習に使ったこともあります。ですからファイユームは私にとっても、早稲田の学生にとっても恩人なんですね。 |
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在サイバー大学学長。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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