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| サッカラの風景 |
かつて、「ソカル」という、古代エジプトの空とか海、川といったブルーを示すような人や神様の守り神がいました。ソカルの地、ソカルの墓場という意味でサッカラになりました。今でもアラビア語で「サッカーラ」といわれる、そういうところです。
遺跡のスケールはギザの20倍ぐらい。掘れども、掘れども、掘れども、掘りきれない。掘り出して200年ぐらいになりますが、毎年毎年新しいところが出てきます。
私たちが発掘している現場はアブ・シール南という名前なんですが、サッカラの真西のところにある、サッカラから1キロぐらい行った、砂漠の真ん中の小高い丘なのですが、そこからカエムワセトという19王朝(今から約3300年前)の、ラムセス2世の第4王子の葬祭殿が見つかった。これはイギリスが100年以上に渡って探し続けても見つからなかったものですけれど、ほかにクフ王の名前が入った彫刻が2体。クフ王の名前のはいったものは現在3体しかありませんので、そのうちの2体をわれわれが見つけたということになります。 |
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| サッカラから発見された遺跡 |
そのほかに、どうもイムヘテプの墓ではないかと思われるもの…。しかし、ミイラも石棺も見つかってませんので、もうひとひねりあるかもしれません。そういうものを見つけたり、宝の山というべき遺跡があるのですが、これがサッカラの真西にあるのです。そういうように、サッカラにはたくさんの遺跡があります。
サッカラにつくとまず、余りに膨大なので入り口で入場券を買わないといけない。続いて小高い丘を登っていくと有名なジェセル王の階段ピラミッドがあります。この階段ピラミッドによってエジプトの石の文化が始まったといっても過言ではないですね。それまで、建物というのは、大きなものも作っていましたが、全部、泥。日乾レンガというので造ったんですね。塀も建物も全てです。しかし、ジェセル王の時代、王は側近のイムヘテプエジプトの偉大さ、王のすごさ、永遠性を示すようなモニュメントを造りなさいと命じたんですね。これがピラミッドの始まりです。イムヘテプは考えに考え抜いて、あの階段ピラミッドを造ったんですね。この他にピラミッドが10ぐらいありまして、そして、何と言ってもお墓がすごい。2000ぐらいずっとあります。ですから次から次へと毎年見つかるようなわけですが、まあ、墓場のメッカといっていいと思います。 |
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在サイバー大学学長。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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