| 第2回 |
「メンフィス、ネクロポリスとは」 |
5/14〜 |
ネクロポリス…。聞いたことありますね。ギリシャでアクロポリスとネクロポリスというのがありますよね。ネクロポリスは死の街、墓場という意味ですけど、アクロポリスは皆さん、生の街って思ってますね。もちろん、生きてる人が住んでいるところですけど、ギリシャの場合、土地がでこぼこしてますんで、高いところは生きている人が住むところ、低いところ、谷間に墓場があります。アクロポリスは高いところ、という意味なんですね。ですからエジプトにはアクロポリスはなくて、ネクロポリスはある。王家の谷とか死者の街とかいったものです。
メンフィスがネクロポリスという意味ではなく、メンフィスが支配するネクロポリス。これはすごく広かったんです。
北はアブ・ロワシュというところから、南はメイドゥムまで、約100キロ。この間に点々と墓場があるわけです。一番の中心はサッカラというところですが、アブ・ロワシュというところにも第4王朝の1番最初の王であるスネフェルと、クフ王の第1王子がピラミッドを造り、またその周りに貴族が造ったお墓があります。一番有名なのはサッカラとギザですかね。 |
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ニウセルラー王の太陽神殿 (アブ・グラブ) |
ギザは皆さんご存知の三大ピラミッド--クフ、カフラー、メンカウラーのピラミッドを中心に10のピラミッドがあるところです。その周りには数百のマスタバと呼ばれる貴族の墓があり、そこから少し南にいきますとアブ・グラブというところがあります。このアブ・グラブにはニウセルラーという第5王朝の王様の太陽神殿がありました。太陽神殿とは、ピラミッドとも神殿とも違うもので、神殿には違いないのですが、太陽神ラーだけを祭っている神殿なんですね。太陽神殿は今わかっているだけで5つぐらいありますが、その中でも1番きちんと、美しい形で残っているのがこのアブ・グラブの太陽神殿です。
それからもう少し行きますと第5王朝の、サフラー、ニウセルラー、ネフェルイルカラーといった王様のピラミッドがあるアブ・シール、サッカラ、もう少し南に行ったところにはダハシュール。ここには屈折ピラミッドがあります。そして、リシェト、そして崩れピラミッドのあるメイドゥムがあります。これらをメンフィスのネクロポリスというのですが、ピラミッドエリアとか、ピラミッドゾーンという別名でも知られています。
南北100キロ、東西に10キロという、ベルトがあるということで、このようにメンフィスというのは大変広大な100キロの長さに渡ってネクロポリスを持っていた、大変力のある街だったということです。 |
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在サイバー大学学長。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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