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| カイロ市街の様子 |
カイロを中心としてエジプトは、100年から200年をかけてじわじわとエジプト全土をイスラム化した。ですから今、イスラム教徒は全体の約90%前後。あとの10%はキリスト教(コプト教といいます)。
イスラム教がほとんどなんです。カイロの大カイロといわれる地域に1500万ぐらいの人がいますが、医者とか、先生、商人などにキリスト教徒、そして、ほんとにごく一部のユダヤ教徒がいるぐらいです。
あとはみんなイスラム教徒なんですが、エジプトのイスラム教は約40のアラブ圏の国の中でも穏健な方です。お酒は絶対ダメ、国で販売も禁止されているような、リビアとかスーダンとかサウジアラビアといった国に比べて、外国人や国内のキリスト教徒は飲んでいいとされているし、豚肉も、ある特定な許可を持った業者は売ってもいいことになっています。
このようにどちらかというと穏健なやり方をしているし、アズハルモスクという、イスラム圏ではメッカに次いでというより、ほぼ同等の力を持った聖地があり、皆その方ばかりを見ているのです。 |
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| アズハルモスク |
現代政治でキリスト教の国とも仲良くしよう。一番最初に現代でユダヤ教徒の国であるイスラエルと和平条約を結んだのはエジプトですからね。フセイン大統領の時代のことです。そのおかげで約20年間、エジプトはイスラムのアラブ連盟というところから追い出されちゃった。今は戻ってますけども。
そういうことがありますけども、エジプトはどちらかというと、世界的に融合していこうかなという国です。
しかし、街中に3000以上のモスク(イスラム教の礼拝場。マスジットといいます)があり、毎週金曜になるとアザーンという、12時の集団礼拝に向かってくるんですね。モスクに集まって1時間もお祈りしようとする。ですから、金曜の夜に礼拝に行かず、町なんかを会ういていると「お前、何やってんだ、早く行け」なんていわれてしまう。
そういう時には皆、きちっとするんですけど、普段はたとえば伊陳としなきゃダメだというような時は余りなく、穏健ないいイスラム教徒だと思うんですけど、そんなことでエジプトのイスラム教というのはどっちかというと、穏健でキリスト教徒と共存しようというですね。 |
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在サイバー大学学長。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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