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クレオパトラ7世頭像 (ロンドン、大英博物館像) |
クレオパトラは容姿よりも内容、中身だという考え方が古くからあるんですよ。
プルタルコスの英雄伝などでもクレオパトラは美しさより賢さの方が勝っていたといわれています。
クレオパトラ自身が持っていた夢はエジプトの再興だったのです。エジプトをもう一度強くする、偉大な国にするということです。
なんといっても父親が本当にダメおやじで、自分が大人になったらこういう政治をやってはいけない、ということで家庭教師をつけて一生懸命勉強して、図書館の本を充実させた。図書館の本については誰でも写していいと、世界中から学者を呼びました。学者たちはみんな、他の人がどんなことを書いているのが読みたいとやってくる。クレオパトラはその人たちの食事や泊まるところを全部もってやり、その代わりに本を1冊持ってくることを唯一の条件とした。つまり、本1冊が入場料兼宿泊券となり、自由に写本ができたということです。 |
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| アレキサンドリア図書館址 |
クレオパトラは地中海中の国の言葉がしゃべれました。そうでないとラテン語がしゃべれないわけですから、カエサルやアントニウスをたぶらかすことができませんからね。通訳を隔てて愛の言葉、なんてバカバカしいでしょ?この二人をうまくたらしこんで、ローマの力で、"ローマとエジプトの共同統治による世界帝国"がクレオパトラの望みで、カエサルを納得させたのですが、これを察知したローマ人がカエサルを売国奴だとして殺してしまうのです。
「ブルータス、お前もか」なんていって死んでいく様子は皆さんもご存知と思いますが、そのくらい理想が高く、なおかつ論理的だった。
ローマとエジプトの共同統治による世界帝国という夢をかなえることができず、カエサルの養子だったオクタヴィアヌスによってローマ単独の帝国ができてしまう…。残念だったと思いますね。そして、カエサルとの間に生まれた自分の息子、カエサリオンを使ってリベンジさせるため、インドの方に逃したのですが、オクタヴィアヌスの計略によってエジプトに連れ戻されて、殺されてしまった。クレオパトラの夢ははかなくも砕け散ったという、非常に悲しい物語です。
ローマはその後、ひどいことをしてエジプトから搾取して、3000年もの歳月をかけて築き上げたエジプトの富を全部取ってしまった。そしてこれがローマの繁栄につながったのです。歴史とは皮肉なものですね。 |
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在サイバー大学学長。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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