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カイト・ベイ (アレキサンドリアの灯台があった場所) |
アレキサンドリアという町は本当に素敵な所です。人間というのは海を見ると心が騒ぐというか、豊かな気持ちになりますよね。
アレキサンドリアはエジプトでも新しくて今から2300年ほど前の町なのですが、きちんと整備されているんですよ。ほかはくねくね曲がってますけれど、ピシッとなっていて、さすがギリシア人が作った、論理性に長けている町なんですね。
アレキサンドリアが作られた時代のもので現在も残っているものは非常に少ないんです。この2300年間、町を作り続けてきて、しかもナイル川の下流ですから、上流から土砂が流れ込みます。普通1年で1ミリといいますから2000年なら2mぐらいの堆積なのですが、アレキサンドリアは8mとか10m。すごいところでは20mぐらいにもなっています。
アレキサンドリアの遺跡で現在残っていないものとして知られるのが灯台なんです。
アレキサンドリアはもともと小さな漁村で、島があって海岸線があってプトレマイオス1世の命令の下に町を作ったのですが、町の沖合い300mぐらいのところにファロスという島があり、そこに灯台を作ったのです。人類史上初めての灯台です。このアレキサンドリアの灯台はフィロンという哲学者が選んだ古代世界の七不思議のひとつにもなっています。 |
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| ファロス島のあった場所 |
バビロンの空中庭園とか、ご存知の方も多いと思いますが、現在残っているのはギザのピラミッドだけです。アレキサンドリアの灯台は残っていないのですが、今から1000年ほど前の地震で倒れて地中海に落ちてしまったので、どのあたりにあるかということはわかっています。しかし、波が荒いのと大変な労力とお金がかかるということで引き上げていません。船で行って凪の時、海が穏やかな時ですね、じーっと見ますと、石が見えてるような、見えないような…そんな感じです。
この灯台は132mあったといわれています。ギザのピラミッドが147mでしょ。すごいですよ。ピラミッドの場合は下が末広がりになってますけど、灯台はそうではないですからね。なお不思議なことに40km沖合いから見えたというんです。そんなに見えたって仕方ないじゃないかと思うんですがね。さらに、光源はどうだ?という不思議もあります。電気がありませんからね。石油を炊いたんじゃないかとか、いろんなミステリアスな説がありますけれども、ともかく、人類最古の灯台を作ったのはプトレマイオス1世です。 |
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在サイバー大学学長。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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