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吉村作治 エジプト博物館
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第5回 「ご質問にお答えして」 1/29〜
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パンを焼く男性
(カイロ、エジプト博物館蔵)

今回は皆さまからのご質問にお答えします。

Q1:日本人のルーツを辿ると、エジプトまで考えられるのではないかと思います。また、言葉もローマ字読みする時は非常に似ていると思います。
言葉について教えてください。

古代エジプトではハム語という純然たるアフリカ系の言葉と西アジアのセム系の言葉が混じって古代エジプトの言葉ができて文字が作られました。文字ができたのは今から5000年前のことです。
さて、日本では卑弥呼の時代には文字はありませんでした。魏志倭人伝でしか検証できないでしょ?言葉も文字も関係ない、民族とか人種…、これは今ではカテゴライズするのは大変難しいのですが、基本的には民族や人種は関係ないということを知った上で、文化的にシルクロードを超えて唐の時代に向こうの影響を受けて日本が変わっていったのだということをご理解いただいたほうがいいと思います。

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古代の食べ物
(墓壁画の供物の図)

Q2:エジプト人は日常どんな物を食べていたのですか?ごちそうとはどんなものだったのですか?

まず主食ですが、ヘロドトスによりますと「エジプト人はパン食い人だ。パンばっか食べている」。パンを作っている小麦、大麦が主産業でこれらを中心に食べていました。
パンはとても重要なもので、一番古いパンが残っているんです。今からなんと4500年前の、パンのミイラといったらおかしいですが、そういったものが残っています。
それと、現代のエジプトの食生活もそうなんですが、我々、エジプト料理というと、すぐシシカバブを思い出し、肉が大好きで肉ばっかり食べているんだろうと思うのですが、決してそんなことはないんです。むしろエジプトは野菜料理が多いんです。ほとんどが煮込みです。シチューといっていいでしょうかね。シチューの起源がここなんですね。シチューを土器に取り、それをパンと一緒に食べる。パンがスプーンみたいに使われてたんですね。ちぎって、くっと丸めて食べる。これは今でもやっていますけどね。
ごちそうということになると、王様は野菜をたくさん食べるだけでなく、肉。特に牛の前の太ももを焼いて食べた。ステーキですね。グリルしたものをナイフで削って食べるとか、魚のフライとか。そういう意味で、今の西洋料理のもとになっているのが古代エジプトの料理なのです。

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吉村作治〜私の素顔
吉村作治さんの写真1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在サイバー大学学長。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!

情報提供: HISTORY CHANNEL
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