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吉村作治 エジプト博物館
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第3回 「ロゼッタ」 1/15〜
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ロゼッタというのは、デルタ地帯の遺跡の中でもピカイチでありまして、大変有名なところです。ロゼッタストーンは何がすごいかと言いますと、ロゼッタストーンなくして現在のエジプト学はありえない。文字が読めたもとになったということです。
もともとプトレマイオス王朝が入ってきたとき、今から2320年ぐらい前ですかね、ギリシャの人たちは当時のエジプト語を認めていた。エジプトはギリシャの王朝だったのですが、公文書などはエジプト語で書かれていたんです。しかし、エジプトはヒエログリフ。象形文字でしたから、書くのに時間がかかるんですね。一方、ギリシャ文字は表音文字ですからすっすっすとかける。何とかエジプト文字もすっすと書けるようにしたいというわけで、ディモティクというのが出てきたのですが、これも書きにくい。そこで段々しゃべっているエジプト語をギリシャ文字で表記し始めるようになっていったのです。これがコプト語なんていうのですが、こうして文字の混乱があって、ヒエログリフは使われなくなってしまった。しかし、プトレマイオス王朝は偉くて、公用語として古代エジプトのヒエログリフと古代ギリシャ文字(今の文字とほぼ同じです)を両立させていました。そしてプトレマイオス王が即位したことを皆に知らせるお触れを玄武岩に彫って各地に送ったんですね。
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デモティック
(ロゼッタストーン・ロンドン、
大英博物館像)
しかし、簡単に読めないとまずいわけです。ギリシャ人の総督やそこにいる県知事などが読めないと困るというわけで両方の文字で書いてしかもその真ん中に、ヒエログリフやギリシャ文字は読めないけど、ディモティク…くずし文字なら読めるという、3種類の人のために作られたのです。
それが実際に42あるはずなのですが、たったひとつだけ、アル・ラシッド(フランス語のロゼッタ)で見つかったのです。
どうして見つかったかというと、1798年にナポレオンがエジプトに入ってきた。イギリスはこれはまずいとばかりにネルソンを総督にてエジプトに攻め込んだためにエジプトで英仏戦争を行う状況になったのです。やがてナポレオンは本国に帰るのですがそこに残った将軍がネルソンを迎え撃つためにジュリアン要塞というのを作っていた時にカチッと音を立てて、工兵の鍬に当たったんですね。この拓本をもとにイギリスのトーマス・ヤングとフランスのジャン=フランソワ・シャンポリオンという人が解読競争をして、シャンポリオンが勝った。イギリスに本体を持っていかれても解読はフランスという、なかなか面白い物語がここを起点として起きたんですね。
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吉村作治〜私の素顔
吉村作治さんの写真1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在サイバー大学学長。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!

情報提供: HISTORY CHANNEL
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