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吉村作治 エジプト博物館
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第1回 「エジプトはナイルの賜物」 1/1〜
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みなさん、あけましておめでとうございます。本年もエジプトのさまざまなお話をお届けいたします。どうぞよろしくお願いいたします。
今回から『エジプト歴史地図』をテーマにお話を進めてまいります。エジプトの歴史と遺跡を、ナイル川に沿って、デルタ地帯から上エジプトに向かって行きます。皆さん、歴史をたっぷりお楽しみください。

さて、今月は『デルタ地帯』についてお話しましょう。その第1回は『エジプトはナイルの賜物』というお話です。
この言葉はギリシャの歴史家ヘロドトスの言葉です。意味は『エジプトといったって雨が降るわけでなく、砂漠に囲まれたところにあんな偉大な文明ができたのはナイル川のおかげ。ナイル川なくしてエジプトなし』。
確かにヘロドトスがエジプトに入ったときには夏場にかけてのことでしたので、ナイル川が氾濫して、川幅は30kmから40kmまでになっていたんですね。
氾濫期でない時のナイル川は上流でせいぜい1kmぐらい。下流では400mから500m程度になってしまいます。私がはじめてエジプトに言った時もカイロのタハリール広場というところからナイル川を見たのですが、「え?こんなに狭いの?」と思いました。

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農作業収穫の様子
(ルクソール、テル・アル・マディーナ、
センネジェムの墓)
そこはナイル川の真ん中のゲジラ島という島があるところで、この島を隔てた東岸からでしたので狭かったわけですが、200mぐらいしかなかったんですね。しかしナイル川は川幅で勝負しているわけではありません。大切なのはその恵みがいかにその周囲の耕作地にいってるかということです。
そのおかげでナイル川の周辺のところに上流から流れてきたシルトという肥沃な土が沈殿し、夏場の4ヶ月でナイル川の底にあるゴミや砂漠からくる塩なども含め、地中海に流しだしてゆくんです。すなわち、水を供給すると同時に排水もやっている。すごい川ですよね。
この川の水で、現在もエジプトの約6500万人が生命を保っていますし、ピラミッドの時代でも400万人もの人がナイル川の水に頼っていたのです。水の供給だけではありません。この水が植物に与えられると、麦…大麦、小麦などをたわわに実らせ野菜などもたくさん作られた。エジプトはやっぱりナイルの賜物だという、ヘロドトスの気持ちもよくわかります。
ナイル川によって肥沃な土地が作られ、そこにエジプト人が住んで、ピラミッドをはじめとした、あのような素晴らしい文明ができた。これは確かなことです。
我々は歴史を見るとき、自然と人間がどのようにマッチすれば素晴らしい文明ができるのかと考えますが、そのひとつの典型だと思います。
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吉村作治〜私の素顔
吉村作治さんの写真1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在サイバー大学学長。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!

情報提供: HISTORY CHANNEL
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