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吉村作治 エジプト博物館
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第3回 「新王国時代」 12/18〜
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ラムセス2世像
(ルクソール西岸、ラムセウム)
エジプトといえば新王国時代ですね。花の18王朝、ツタンカーメン、トトメス3世、ラムセス2世、ラムセス3世、と有名人がどんどーんと出てきました。私も専門が新王国時代。華やかなんです。お墓を見ても極彩色で、たとえばどういう人生を送ったかというようなことがいろいろ書いてあります。
中でも有名なのはツタンカーメンでしょうね。1920年11月4日に、イギリスのエジプト学者、ハワード・カーターが王名表にも、歴史年表にもなかった王様、ツタンカーメンの存在を信じ、必ず王墓があるとずっと探し求めて6年目についに見つけたのです。これが手つかずの王墓だったために世界中を沸かしました。
王墓を見つけるとはすごいでしょう?その後30年ぐらいしてデルタ地帯でプスセンネス2世のお墓が見つかったのですが、王様の墓で、ものがちゃんとあったのはこの2つだけです。後はみんな盗掘されています。
ツタンカーメンはたった8年しか王位についていなかったのに、この素晴らしい宝物というか、出土品を見てみな感動しました。
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ツタンカーメン王の黄金のマスク
日本からも見に行った人がいるんですよ。私の先生の先生なんかはイギリスへ留学する途中で王家の谷に行ったそうです。1923年ですから発見された翌年ですね。ヨーロッパの人とか、ものすごく人がいたそうです。日本ではツタンカーメンが見つかったというのはほんの小さな記事でしたから、先生は本当にビックリしたということでした。
そして1年の留学のあと、帰りにじっくり見てきたのですが、そのころはもう、かなり人も減っていたということでしたが。私はその話を学生の時に聞きまして、やはり行きたいと心から思いました。そしてその次の年にエジプトに行ったわけですけど、その前の年にはツタンカーメン展も開催され、エジプトの新王国時代のきらびやかというか、金のきらきらきらーっとした感じですよね。今でも黄金の仮面、ツタンカーメンのマスクは、アメリカの国家予算の1年分という人もいるほどで、黄金文明のひとつの典型のようなものです。
この時代がどのようにして終わりを告げたかというと『国際化』です。いろんな国と関係を持って行き来を自由にして外国の文化を取り入れているうちエジプトの伝統的な文化がいいという人と外国の文化を取り入れた方がいいという人が争いを始めて、結果外国に隙を見せることとなり、攻め込まれてしまう。なかなか難しいですね、国というのは。約600年近く新王国時代は続きましたけどこれも幕を閉じるしかなかったんです。
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吉村作治〜私の素顔
吉村作治さんの写真1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!

情報提供: HISTORY CHANNEL
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