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ジェセル王像 (カイロ、エジプト博物館蔵) |
今から1万2000年前、第6氷河期が終わりました。次の約1万年が経つと第7氷河期がやってきます。現在はその間氷期というわけです。
その1万2000年ぐらい前から段々地球が温暖化してきて、8000年前ぐらいから農耕期が来る。それと同時に農耕により人が集まり、村ができ、町ができ、そして国家ができるのですが、エジプトの場合には特に村が町になり、町がそのまま国になるということはないんですね。メソポタミアやギリシャのように都市国家というわけでなく、全体が広くひとつの国になってゆくんですけども、すぐに国にならないで上下エジプト(上エジプトは乾燥地帯の真ん中を流れているナイル川の周辺の農耕地帯、下エジプトは今のカイロの周辺の、ナイル川がずっといくつかに分かれているところを中心とした一帯です)が5000年ほど前に統一され、ひとつの国になった。ですから、それから約3000年にわたってエジプトは単に『エジプト』ではなく、『上下エジプトを統一した王の下の国』という言い方をしていました。
そして、今から5000年ぐらい前、紀元前3000年に国家が統一され、古王国時代が到来するんです。 |
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イムヘテプ王像 (カイロ、エジプト博物館蔵) |
古王国時代の一つの象徴といったら何でしょうねえ…。やはりピラミッドでしょうかね。今から4600年ぐらい前、ジェセル王が部下のイムヘテプに、国家が繁栄してきて他の国から尊敬させるような国になってきたのでと、象徴のモニュメント、記念物を造るように命じたのです。当時あの世は天の上、天国でした。ずっと上っていくといいだろうということで、階段ピラミッドが造られたのです。
階段ピラミッドを造ったことにより、国家に求心力が出てきた。ピラミッドを作るために石を切り、石を運び、技術も発達した。国家統一にとって一番いいことですね。しかも農民は夏場のナイル川が氾濫する7月から10月の4ヶ月は一種の失業状態にあり、その時にピラミッドを造るわけですから、失業対策事業といわれています。そういうことでピラミッドを造り始めたおかげで国民も統一され、言語も、度量衡と呼ばれるはかりなども統一されていきます。エジプトは一気にこのあたりの超大国人なるのですが、ピラミッドを余りに造りすぎたために歯車が狂って中央集権国家が壊れてしまうわけです。 |
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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