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吉村作治 エジプト博物館
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第4回 「クレオパトラの最期」 11/27〜
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クレオパトラ7世像
(ロンドン、大英博物館蔵)
「もし、クレオパトラの鼻があと1cm低かったら歴史は変わっていただろう」などといわれています。ちょうどクレオパトラが生まれたころ、エジプトを中心とした東方世界は危なくなっていました。西方世界のローマが攻め込んできていて、ローマはもう、勢いが上がってきた。その代表がカエサルですよね。
カエサルはポンペイウスを追ってきたのですが、ここにクレオパトラの弟で、夫でもある王、プトレマイオス13世という人がいた。周りの側近がおだてあげるのでクレオパトラがそれに対して抗議し、それがもとでクレオパトラはエジプトを追放され、シリアの方に行ってしまうんです。そこにカエサルが入ってくる。エジプトにはポンペイウスがいます。ポンペイウスがエジプトの軍と共に戦おうかという寸前にエジプト側のプトレマイオス13世の側近がポンペイウスを殺してしまうんです。そしたらカエサルと戦争をしなくてすむだろうと考えたんですね。しかし、そうなると震え上がるのはエジプトです。どうしよう、どうしようとしているうちに、クレオパトラがシリアから戻ってきて、カエサルと組むのです。このときの話ではじゅうたんにくるまれてそこからぱっと出た、なんて言われています。
実際に華奢な女性をじゅうたんで巻いて実験したことがありますけど、相当強い人がかついでもよたよたとなっちゃってかつげるもんじゃない。すごい重いですからね、じゅうたんそのものが人間よりも重いですからとてもじゃないけど、門番をたぶらかすなんてできっこありません。あれはウソだと思いますけど、大体英雄伝に書かれている話はウソ八百並べたようなことですけど、あたかもありそうな話じゃないですか。
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オクタビアヌス像
(アレキサンドリア、
グレコ・ローマン博物館蔵)
クレオパトラはカエサルと組んでプトレマイオス13世をやっつけ、エジプトはローマのものになりそうになった。しかしクレオパトラはカエサルに、エジプトにはまだ力があるのでローマとの共同統治による世界帝国を作ろうと言ったのです。
カエサルはなかなかいい考えだと、その提案を受け入れ、約束してしまう。そうするとそれに対してローマの市民が怒り始める。そして最後には暗殺されてしまうのです。その時の有名な言葉が『ブルータス、お前もか』なんですね。
そしてクレオパトラはカエサルのあとを継いだオクタビアヌスと戦うことになります。しかし、ローマのアントニウスと組んだエジプト、クレオパトラは負けてしまうんです。これが悲劇のもと。紀元前30年、エジプトはついに滅びてしまうのです…。

いかがでしたか? エジプト3000年の歴史、すごかったでしょ? 実際エジプトは滅びたわけではなく、ローマによって抑えつけられてしまうのですが、その約2000年後に再びよみがえるのです。
皆さんもエジプトの歴史を勉強しながら、これからの人類の行方を考えてみましょうね。
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吉村作治〜私の素顔
吉村作治さんの写真1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!

情報提供: HISTORY CHANNEL
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