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吉村作治 エジプト博物館
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第4回 「エジプト人王の支配終焉」 10/23〜
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ホルス神に守護されるネクタネボ2世
(ニューヨーク、メトロポリタン美術館蔵)
紀元前1000年から300年ぐらいまでの約700年にわたって、エジプトの周りが沸騰していたというお話はしましたね。
終焉ということですが、どういう形で終焉しそうかといいますと、ギリシアとペルシア、そして南のエジプトが拮抗できればよかったのですが、そうなるにはエジプトが弱すぎた。次第にペルシアがエジプトを支配するようになってゆきます。バビロニアが支配したところにすっと入っていったので、簡単に支配することができたのですが、そのあと、ペルシアに戻ってしまうんですね。そして、エジプトではネクタネボという王が出てきて間接統治を行うのです。エジプト人はこれなら自分たちでもできると、独立宣言をするんですね。
これに対してペルシアは怒りまして、もう一度エジプトに攻め込んできた。この時の王、ネクタネボ2世は相当頑張って戦うのですが、あっという間に負けてしまい、紀元前343年、ついにペルシアにやられてしまいます。そして、ネクタネボ2世は攻めてきたダレイオス3世によって殺されてしまうのです。
この紀元前343年を最後に、エジプト人の王はなんと2300年も出なかった。よく考えてみると、エジプト5000年の歴史の中の半分弱が外国人による支配というということになります。誰が支配しても国はやっていける証ともいえるし、ずいぶん長い間他人に席を渡していたんだねともいうこともできると思います。
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ダレイオス3世のレリーフ
(イラン、ペルセポリス)
現在大英博物館にある、ネクタネボ2世の石棺は『アレキサンダー大王の浴槽』として展示されています。なぜかというと、アレキサンダー大王がエジプトに入りペルシアを追い出そうとした時にこの石棺をプレゼントした人がいるんです。ペルシアに頼まれてエジプトの総督をしていたマザケスという人なんですが、アレキサンダー大王はそれを何に使おうかと考え、お風呂に使ったとう話です。黒みかげですから、すぐに冷えちゃいそうな感じですけどね。
ということで、紀元前343年にはマケドニア…今のギリシアの支配者、アレキサンダー大王はエジプト人の拍手喝采によって迎えられ、エジプトの王になるのです。これから先はいよいよエジプト史のクライマックスです。アレキサンダー大王、プトレマイオス、そしてクレオパトラとくるんです。
お楽しみにお待ちください。
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吉村作治〜私の素顔
吉村作治さんの写真1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!

情報提供: HISTORY CHANNEL
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