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吉村作治 エジプト博物館
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第3回 「プスセンネス1世と黄金のマスク」 8/21〜
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プスセンネス1世の黄金のマスク
(カイロ・エジプト博物館蔵)
プスセンネス1世というのは第3中間期の花ですね。日本にも2度ばかり、プスセンネス1世の黄金のマスクが来たことがあります。
現在王のマスクというのは全部で5つしかありません。ナンバー1はなんといってもツタンカーメンでしょうね。そしてプスセンネス1世のものはナンバー2でしょう。
プスセンネス1世というのは神官でありながら王になったパネジェムの息子なのですが、このプスセンネス1世がなぜ、デルタ地帯に墓を作ったのか。 父がテーベの王でしたから、当然王家の谷を使うことができたのに、なぜタニスに、しかも町のちょっとはずれの、見つかりそうなところに作ったかといいますと、実は第21王朝、第22王朝の時代に王家の谷を整備してきれいにしたのですが、同時に王家の谷の存在が明らかになってしまい、盗賊がすごかったんです。 王家の谷が盗掘されたのもこの時期なんですね。 これを非常に嘆いたテーベの神官、要するにパネジェムの部下たちは、2ヶ所に王のミイラや副葬品を分けたのです。
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パネジェム王像
(ルクソール東岸、カルナク神殿)
ひとつはハトシェプストで有名なディール・アル=バハリ。ハトシェプストの葬祭殿の少し南の奥にいったところに作って、そこに埋葬した。もうひとつは王家の谷のどちらかといえば奥の方にある、アメンヘテプ2世の墓の玄室の北側のところに入れた。そのぐらいテーベは危ないと考えられていたのです。そういうことでプスセンネス1世は自分の都のすぐそばに墓を作ったのです。
これは非常に有名な話ですがプスセンネス1世の息子プスセンネス2世は、娘をシバの女王で知られるソロモン王の妃に贈っているんですよ。モーゼがエジプトを嫌い、今から3300年前にエジプトを出て行ったというのに、その末裔であるダビデ(ソロモン王の父ですね)が作ったヘブライ王国の王が、エジプトから妃をもらっている。不思議ですよね。
もっと面白いのは、それまでエジプトは王の娘を外に嫁入りさせることは一切なかった。外国からどんどん女性を王室に入れて優秀な子供をつくるということはやったわけですけど、このことにより、大きくエジプトの文化が変わったというか、世界史的役割が変わったといえるのでしょうね。
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吉村作治〜私の素顔
吉村作治さんの写真1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!

情報提供: HISTORY CHANNEL
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