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吉村作治 エジプト博物館
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第5回 「ご質問にお答えして」 7/31〜
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ピラミッドの内部
今回は皆さまからのご質問にお答えします。

Q1:ピラミッドの内部構造は石を積み上げながら同時進行で作ったものでしょうか、それとも出来上がったあとに作ったのでしょうか。

実は古代エジプトでは指揮をしている人が中に入って作っていきました。そうでなければあんなに整然とできません。ですから、あとから掘ったのではありません。あとから掘ったのはすべて泥棒の穴と考えてください。

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ナイル川
Q2:ナイル川の水量が古王国時代などをピークに低下していったこととピラミッドが建造されなくなったことに関連はあるのでしょうか。またこのことは中王国時代以降に王権の神聖が凋落したことと関係あるのですか。

まずこの質問の前提となっている、「古王国時代をピークにナイル川の水量が低下していった」ということが間違っています。ナイル川の水量が徐々に下がっていったとか、水位が下がったということはありません。この3000年間に気候変動が結構あります。気温が高くなって雨がたくさん降った時があれば、寒冷化して雨が降らなくなった時期もありました。こういうのが1000年おきぐらいに繰り返しきています。もし、ずっと減ってきたら3000年や5000年も経った今、水がなくなってしまいますよね。ですから、そういうことはまずないんです。
ピラミッドが建造されなくなったことについてはいくつかの要因があります。ナイル川の水位が低下して石が運べなくなったという考え方もあります。確かに石を対岸から運んできた時代もありますけど、その周りの石を積み上げたことも多々ありますので川の水位の低下というのは余り関係ないんですね。むしろ王権の力によってピラミッドを作るとか、作らないとか。また大きいものを作るか、小さいものを作るのかということがおきてきます。もうひとつ非常に重要なのは、ピラミッドより他のものの方がいいのではという、時代のトレンドですね。ピラミッドがはやったり、中王国時代では運河のような実用的なものであったり、新王国時代では神殿の方がよかったりと、価値観の問題がありました。
また、王権の神聖化。王はずっと神聖ですが、その神聖に対する人々の合意というのもかかわりがありました。民の力が強くなると王の力が弱くなる。王の力が強くなると民の力が弱くなる。といったようなことですね。
ですから、ナイル川の水位をはじめとした「自然」はあまり関係はなかったと考えてください。

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吉村作治〜私の素顔
吉村作治さんの写真1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!

情報提供: HISTORY CHANNEL
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