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ラムセス2世像 (ルクソール神殿) |
19王朝の花といえば、なんといってもラムセス2世でしょうね。大王の中の大王。さまざまな偉業でよく知られていますが、中でも一番すごいのは92歳まで生きたということでしょうね。しかも60年以上にわたって王位についていた。これは大変偉大なことです。しかしその反面で後継者が次から次へと倒れていくわけです。
特に最もラムセス2世の信頼が厚く、しかも才能があり、力もあり、総理大臣まで務めたカエムワセトという王子は父であるラムセス2世が長生きであったため、王位に就くのに至らずに死んでしまいました。そして、17番目の王子であるメルネプタハという人が王位に就くのです。しかし、メルネプタハの時代になると天変地異といいますか、自然災害が起きるんですね。一説によりますと、エーゲ海のサントリニ島、古代ではテラ島と言っていましたけれど、この島で大爆発があったといわれています。今でも跡が残っていますが、噴煙、灰が天まで舞い上がり、10年にわたって太陽の光が充分にこの東地中海周辺に及ばなかった。そのため、この東地中海の沿岸、小アジア半島からレバント地域、エジプトにかけての植物がみな枯れてしまった。特に穀類ですね、大麦、小麦をはじめ野菜の生産量がおちて食料に事欠くような状況になったといわれています。 |
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カエムワセト王子像 (ロンドン・大英博物館) |
同時にエジプト自身が異民族を抱え切れなくなって、彼らをエジプトから追い出すようになった。またはエジプトに見切りをつけて出て行く人たちがいるようになったのです。その中で有名な話が『出エジプト記』。モーゼがエジプトを出て、約100年の放浪の旅の末、ダビデ王が統一した古代ヘブライ王国ができた物語につながるのですが、そんな状況でした。
ラムセス2世の係累はメルネプタハ以降、サプタハという王まで5代続きます。年数にして約25年。ですから一人当たり5年ぐらいですかね。それぞれ短命でした。そして、サプタハの時代、天変地異のため、国内を治めきれず、ついに19王朝は途絶えてしまうのです。さあ、それからどうなるのでしょうか。 |
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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