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吉村作治 エジプト博物館
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第5回 「古代エジプトQ&A」 5/29〜
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ピラミッド労働者たちの村跡
(ギザ)
今回は皆さまからのご質問にお答えします。

Q1:ピラミッドを作る際に労働をしていた人は給料をもらっていたのでしょうか。また、物価事情、たとえばビールはいくらだったかなどを知りたいです。

まず、古代エジプトは貨幣経済ではありませんので、給料という考え方はありませんでした。
しかし、ただ働きしていたわけではありません。どういう仕組みだったかというと、物々交換、物々経済だったのです。たとえばビールなどを買いに行くのではなく、粉を持っていってそれでパンを焼いてもらい、そのパンでビールを作る。その過程を縮めるために、"粉を持っていくとビールが飲める"というようになったのです。

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多彩色のマスクをかぶったミイラ
(早稲田大学調査隊発掘品)
Q2:エジプトの発掘物は日本に持ち帰ることができるのですか。また、できるとしたらどのようなプロセスを踏むのでしょうか。

エジプトの場合、原則的に発見したものの半分は発見者に分配されます。発見したものを分けてくれる国はエジプトだけです。たとえば私が発見したら早稲田大学のエジプト発掘隊に半分もらう権利がある。
どのように分けるかというと、レジストレーションというのをやりまして、発掘物をテーブルの上において、まず最初にエジプトがとる。次に日本がとってその次にまたエジプトが…、というようにやっていきます。私は1971年から発掘をしていまして、最初の5−6年は毎年これをやっていました。しかしそのうちに、これは確かにすごいことではあるけれど、果たしてこれでいいのか、と思うようになってきたんですね。自分でお金を出して発見したからといって、それをもらう権利があるというのはどうかなということで、分配権の放棄をしました。今、世界中で分配権の放棄をしているのは私たちだけです。
発見したものはたくさんありまして、価値のあるものだけでも400点ぐらい。2010年にそういったものを全部エジプト政府に渡すことになっています。そうすると、博物館に飾られた時に「DISCOVERED by JAPAN」とか「DISCOVERED by WASEDA UNIVERSITY」とか書かれるのだと思いますが、せっかく発見したのですから一度ぐらいは日本の皆さんに見ていただきたいと思い、エジプト政府にお願いして、2006〜2008年の2年間にわたって私たちが発見した400点の中から選りすぐった300点ぐらいを日本に持ってくることになりました。日本全国から、手を上げてくれた15ヶ所を回ってお見せします。これに対してエジプト政府も、なかなかいい方法だ。今後、こういう風にしようかという議論も出始めているようです。

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吉村作治〜私の素顔
吉村作治さんの写真1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!

情報提供: HISTORY CHANNEL
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