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吉村作治 エジプト博物館
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第2回 「ホルエムへブとアイ」 5/8〜
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大神官時代のアイ王
(カイロ・エジプト博物館蔵)
ホルエムヘブというのは軍司令官です。軍の力を一手に収めていました。一方アイは大神官。アメン神官団らを率いています。いってみれば世俗の権力者と聖なる集団の権力者。この2つを備えているのが王なのですが、その王であるツタンカーメンが死んでしまいますと、どっちが王位を継ぐかという話になってきます。当然聖なる集団の主謀者でしょうね。アイがあとを継ぎました。
もともとアイにはティイ2世という妻がいました。ですから王家の谷にあるアイの墓には2番目の妻であったアンケセナーメンは出てないんです。ですから本当にアンケセナーメンと結婚していたのかと疑う人もいますが、一緒に並んでいるカルトゥーシュなど、いくつかの証拠は出ています。
アイはもともとの本名は「イトメシェル」といいました。「メシェル」は神様を意味してまして、「神様の化身」とか「神様の代理」という意味の大変いい名前です。
もうひとつの即位名は「ケプルケプルゥラー」といいます。「ケプル」は再生復活。この世にもう一度出てくる。これが「ケプルケプルゥ」になると、一度だけでなく何度もという意味になりますから「ケプルケプルゥラー」は何回も再生するラー神の化身。それほど自分が王になることに後ろめたい気持ちがあったんですかね。
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ホルエムヘブ王
(ホルエムヘブ王墓)
しかし、アイは年をとっていましたから即位してすぐに亡くなり、非常に仲のよかったホルエムヘブがそのあとを継ぐのです。
ホルエムヘブは策略を用いてアイを暗殺することなく、自分の方が若かったので、柿が落ちるのを待ってて拾うというような図式だったんでしょうかね。そのあたりのことは実はよくわかりません。
ホルエムヘブも実はよくわからない人です。軍司令官だったのですが、父親も軍司令官だった。しかし、記録がありません。そのあとを継いだラムセス1世の父親の記録はちゃんと残っているので、うさん臭いといえばうさん臭いのですが。そして、ホルエムヘブが権力を握ることによってそれまでの記録が抹殺されてしまうのです。
ホルエムヘブという人物は恐ろしい人物です。
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吉村作治〜私の素顔
吉村作治さんの写真1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!

情報提供: HISTORY CHANNEL
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