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ツタンカーメン王の黄金のマスク
(カイロ・エジプト博物館蔵) |
ツタンカーメンといえば大変有名で日本でも知らない人はいませんね。エジプトといえば『ピラミッド・ツタンカーメン・クレオパトラ』で三題ばなしができるくらいですから。
今から30年ほど前にあるテレビ局で"ツタンカーメンの秘密"という番組を作ったんですね。その前の1965年に朝日新聞を中心に『ツタンカーメン展』というのを東京・京都・福岡で行ったところ、観客動員数が400万人。いまだに歴史に残るナンバーワンだそうですが、そのブームがちょっと下火になったころのことで、そのテレビ局が『エジプト特集』をピラミッドを核にしてその前後にやるものとしてツタンカーメンを取り上げたんですね。視聴率がよかったらしいんです。そこでいろんなところで聞いてみたんですね。
放送をしたテレビ局の受付の女性に『ツタンカーメンを知っていますか』と聞いたらその人はすごく恥ずかしそうに『まだ食べてないんです』。つまり、名前から判断して麺のナニカだと思ったんですね。まあ、そんな時代でした。 |
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アメン神像
(ルクソール東岸カルナク神殿) |
ツタンカーメンというのは実は造語です。正式にはツーツ・アンク・アメンといいまして、『アメン神の復活した姿』この世にアメン神がこうやって出てきたんだよ、という意味なんですね。この名前は王名で即位名はネブウ・ケプル・ラーといいます。ラー神が再生する。1回の再生が「ケプリ」で、これが「ケプル」になると何回も何回も…つまりは永遠に復活再生する、ということになります。
普通王の名前は即位名の方を使うのですが、なぜか世界中でツーツ・アンク・アメン、それを略したツタンカーメンを使っています。2005年の夏にアメリカのロスアンジェルスでツタンカーメン展をやったのですが、アメリカではツタンカーメンなんていう生やさしい略しかたではなく、「KING TUT(キング・ツーツ)」。ツーツとしか言わないんです。
ロスの町中にツタンカーメンのマスクの写真が旗などに印刷されてあるそうです。
そういうわけでツタンカーメンといってもいろんな呼び方があります。しかし、2000点も副葬品が発見されているにもかかわらず、その人生の記録、歴史がほとんどわかっていない不思議な王様なんですね。 |
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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