 |
アテン神を礼拝するアクエンアテン王
(カイロ・エジプト博物館蔵) |
それまでアメン神が国家神として、ラー神の習合してアメンラーとなっていました。古代エジプトの神様の系図というか、
家系図みたいのがあって、その頂点に立ったアメン神をつぶさなければいけない。
アメン神は強すぎるということで対抗する神としてアテン神を立て、アメンヘテプ4世は即位5年にアクエンアテンと改名したのです。
この人はアテン神を突然引っ張り出してきたのではないんです。例えばスフィンクスのもとである、シェプスアンクのアンク神など、
太陽神はいろいろな形があります。朝日と共に上がってくるのがケプリ、中天がラー、沈む時がアンクです。
アンクは再生復活を表わします。アテンはアンクの新王国時代の呼び方だと思っていただけるといいと思います。 |
 |
アテン神から命を授かる
アクエンアテン王の一家
(カイロ・エジプト博物館蔵) |
このアテンを引っ張り出してアメン神と対立させた。アテン讃歌で「御身(=アテン神)は天の地平線に美しく輝く。御身あっての私だ。」なんてことをアクエンアテンは読んでいる。ヨーロッパのキリスト教徒はアテン神信仰が一神教の始まりと考えています。もっともアテン神信仰を一神教といってしまうことにはちょっと問題があります。アテン神信仰では他の神がいることが認めた上で自分はアテン神だけを信仰しますよ、というもので、正式には多神世界の一神選択というべきでしょう。キリスト教というのはご存じのように三位一体。イエスと天上の神エホバと聖霊がひとつとなっている。イスラムは一神しかない。親もなければ子もない。イスラム教になってやっと、本当の意味の一神教ができるのですが、その始まりがこのアクエンアテン王のアテン神信仰なんです。
アクエンアテンの祖父にあたるトトメス4世の大スカラベに「アテン神は美しく、目も入れられないほど美しく輝いている」というようなことがあるんですね。ですからアテン神信仰は突然ではないのです。唯一すごく変わっているのは神官がいらないということ。ですから逆に言うと弱いんです。実際、王が全て神様と直接やるということが書かれている図像なんかもあります。アテン神信仰には神官がいらない。そこのところがポイントです。 |
|
●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
| 情報提供: |
 |
|
|
|
 |