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トトメス1世
(ルクソール西岸、 ハトシェプスト女王葬祭殿) |
さて、本題のトトメス1世についてお話しましょう。トトメスという名は「トト神から生まれる」という意味です。トト神そのものです。「トト」とはトキの形をした知恵の神様のことですが、ギリシャ人の呼び方で、古代エジプトではジフティといっています。「ジフティメス1世」ではわかりませんよね。多くのエジプトの用語はギリシャ語化されていまして、それを今、エジプト語に戻そうという動きがあるのですが、これだけは戻らないでしょうね。「トトメス」。響きがいいじゃないですか。
このトトメス1世、実はアメンヘテプ1世の息子ではないんです。古代エジプトの王朝は普通はこれで終わってしまうのですが、うまくできていて、アメンヘテプ1世に娘がいました。王女ですね。イアフメス2世といいまして、男の名前なんですが。この王女と結婚してトトメス1世は王になったのです。父親の方も暗愚な息子より、賢い人、力強い人と娘を結婚させて王位を継がせた方が国家安泰ではないかということです。いずれにせよ、トトメス1世は軍人でしかもアメンヘテプ1世が推進していた、北へ、南への戦いを先頭立ってやっていた軍事大臣、今でいう、国務大臣でした。なんといってもその力強さに他の人にはかなわなかった。息子でさえもかなわなかったのです。 |
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新王国時代の神官
(ルクソール西岸、インヘルカウ墓) |
しかし、王家の血筋の中では評判は悪かったのです。そりゃ息子が王になるべきだろう。他人を王にしてどうする、ということで、アメンヘテプ1世の思惑と家族たちの思惑がうまくいかなかったため、アメンヘテプ1世はトトメス1世と共同統治をし、自分が生きている間に、文句を言うやつを皆、粛清しようとした。トトメス1世に反対するやつを全部やっつけちゃったんですね。
それでもまだ不穏な動きがあったので、台頭し始めたアメン神官団と組んだのです。権力階級とうまくいかなくなったので、次の権力階級を狙っていた神官団と組んで、政治的、世俗的な人間を押さえつけるという行動を取ったのです。さすが、すごいなーと思うのですが、実はこのことによって、18王朝は大変な危機に瀕するわけです。すなわち、アメン神官たちが「俺たちがいなければ王はやっていけないぞ」と思うようになってくる。これから大変なことになってです。 |
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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