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新王国時代の貴族墓
(ルクソール西岸) |
新王国時代といいますと、エジプトを勉強する人にとっては、ピラミッドと並んで非常に興味深いところです。18王朝、19王朝、20王朝…。花の18王朝といわれるくらいですから、この500年間で、わかっているだけでも32人のファラオが君臨していました。みんな有名な人ばかりです。ファラオというのはペル・アーといいまして、大きな家という意味です。すなわち大きな家に住む人、王宮に住む人ということで、ギリシャ人によってなまって伝えられてファラオといわれるようになったのです。ヘブライ語ではパロといいます。この時代というのは、ピラミッドは造られていません。貴族は小さな記念碑として、1mとか3mぐらいのピラミッド型のものをお墓の前に作ることはあっても、大きなピラミッドを王様が作ることはありませんでした。
その代わり、神殿とか葬祭殿とか、南のヌビア・北のシリア(パレスチナ)に対する、要塞を作りました。 |
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壁画の復元図
(早稲田大学理工学部建築史研究室提供) |
一方、王様の住んでいる王宮というのは、すべて土で作られておりました。なぜそういう風にしたかといいますと、神殿は神様のこの世でのお宿ということで永遠性を必要としましたから、石で造る。それに対して王は人間です。この世では人は死に、あの世で復活する。つまり限りある人生です。ですから土で家を作り、王が亡くなると家に使われていた泥はそのまま畑に返す。次の王が自分の家を作る時にまた新しい土を持ってくる。こういう風にある種、循環型の社会を作っていたわけです。
私たちも1980年代にマルカタ王宮という、アメンヘテプ3世、18王朝の絶頂期の時の王の王宮を発掘しました。これがすごいんです。外から見ると、土むくれなのですが、中は豪華絢爛。天井にはネクベドという、ハゲワシの絵が描かれていて、もう、王様は寝られないんじゃないかと思うほどです。実際には中は暗いので、ローソクとかランプの光で自分の寝てるところだけを照らし、真っ暗闇の天井でワシが羽を伸ばしているのが見える、ということですが、これはなかなかのもんです。そういう極彩色の家に住んでいました。外はまったくわかりませんが、そんなわけで新王国時代というのはわれわれにとっても大変興味深いものです。あの有名なツタンカーメンは18王朝、ほぼ最後の王だったわけです。 |
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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