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カーメスの碑文
(ルクソール博物館蔵) |
ヒクソス…。何といってもヒクソスの強さといったら、戦車、ウマ。これはエジプトにはなかったものです。それから鉄器。武器ですね。その武器も刃が湾曲した形でまるで麦を刈り取るようにエジプト人の首を取っていったという、恐ろしい武器を持っていました。戦力、戦術というものを立てて、戦争をする。人体系も持っているということで、エジプト人もびっくりしてしまうわけです。
迎え撃つエジプトは、その300年ほど前にようやく軍隊を持ったというぐらいですから、戦争慣れしていない。片方は戦争に明け暮れているわけで、その恐ろしさでエジプトは黙ってたのですが、100年も環境のいいところにいると、だんだん強さが弱ってくる。蛮族が普通の男になってきます。100年というと、孫の時代になりますからね。そうするとエジプト人も黙っていない。追い出そうとする気運が出てきます。
その直接のきっかけとなった碑文があります。現在、ルクソール博物館にあるのですが、「カーメスの碑文」というもので、おそらくは大げさに書いてあるものだと思うのですが、アヴァリスのアペピという王がセケネンラー2世の一家に手紙をよこして「お前のところで飼っているカバの鳴き声がうるさくて眠れない。直ちにカバを全部殺し、その皮をこっちにもってこい」と、理不尽な要求をしてきたのです。もう我慢ならない。カバの鳴き声がうるさいとは何ごとだ−−。 |
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セケネンラー2世のミイラ
(カイロ・エジプト博物館蔵) |
カーメスというのはセケネンラー2世の長男ですが、セケネンラー2世とカーメス、その弟のアーメスの3人はヒクソスをやっつけろと立ち上がった。上エジプトのルクソール、(もともとはワセトといって、神様がたくさん集まるところです。なぜそんなに栄えたかというと、その周りの地域は非常に広大な農耕地があって、たくさんの人が住めて、最初に軍隊、といっても私兵ですが、をもったのもここです。豊かで、戦う気力のある人たちが住んでいるところでした)で、セケネンラー2世は息子のカーメス、アーメスとともにアヴァリスに一気に攻めていったのです。
さあ、その攻め入った時にヒクソスのアペピはどうしたのかということですが、なかなかいい戦いがあったようです。 |
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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