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| 地図 |
ファイユーム…ナイル川の西岸。西側です。リビア砂漠の入り口、リビア砂漠に入ったところにある内陸部です。
いつごろできたかといいますと、約1000万年前。ナイル川と一緒にできました。
ナイル川はもともとリビア砂漠の500kmぐらい西を流れていたのがだんだん東に動いてきまして、その途中途中にオアシスができた。今でも残っていますが、中でも一番大きいのがカルーン湖で、その周りにできた耕作地がファイユームです。そのため1000万年前にナイル川と一緒にできたのだろうと考えられています。ファイユームの歴史というのは旧石器、新石器の時代から、一番最後だとプトレマイオスまでずっと続いてます。湖の周りには石器があるところ、キリスト教時代のもの、新王国時代のもの、中王国時代のもの…と、さまざまなものが点在しています。その周りのちょっと離れた所にまたピラミッドがいくつかあります。そのうちのひとつ、ハワラというところにはアメンエムハト3世のピラミッドがあり、そこにはラビリンスという迷宮があります。 |
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| 現在のファイユームの町 |
ファイユームというのは農業の中心地であると同時に遺跡の中心地であることも確かです。私はファイユームには友達が多くいまして、今でも1年に1度ぐらいピクニックに行きます。また、カルーン湖は淡水湖ですが砂漠から砂が少し入ってきて塩辛いのですが、そこにコイやフナと同じ系統の独特の魚がいまして、フィッシングが盛んです。カイロからフィッシングに行って、獲った魚をレストランでから揚げにして食べたりするようです。また、カモ撃ちもされています。1年に2ヶ月と、期間は限定されているのですが、ヨーロッパからハンターが撃ちにきます。日本でもカモ撃ちの猟場なんてありますけれど、そんな感じの場所として使われています。
ファイユームはカイロから2時間ぐらいで、今では半日ぐらいリゾートを楽しんで帰ってくる所ですが、古代エジプトの中王国時代にはピラミッドも王宮もあった非常に重要な場所でした。 |
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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