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メンチュヘテプ二世像
(カイロ・エジプト博物館蔵) |
メンチュヘテプ二世の前にアンテフという王がいました。ケティ一世の後継者で、ヘラクレオポリスというところにエジプト再統一する機運が生まれてきた時の中心人物でもありました。
アンテフは一世から三世までいました。この王がはじめて、昔のエジプトに戻ろう、このままではエジプトはばらばらになって外国から攻められてしまう。と、なんとか統一国家を作り直そうと考えたのです。
140年から150年も混乱をしますとこういうことを考える人が出てくるんですね。
人類の歴史というのはひとつの状態でいることはありません。エジプトは人類の歴史のひとつのサンプルですが、そのあたりがはっきり出た例だと思います。 |
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エジプトの槍部隊
(カイロ・エジプト博物館蔵) |
アンテフという王の面白いところは、エジプトを再興するのに経済を立て直そうとしたことですね。ペピ二世の時にピラミッド作りが完全に破綻しました。そこでまず、ピラミッド作りをなんとかしなければならないと考えたのですが、今さらエジプトの国力では石を切って、運んで、積む…ということはとてもできないだろう。それに、『ピラミッドを作るので出て来い』と言っても、もはや地方の豪族はいやだというだろう。そこで一体どういうことを考えたのかといいますと、軍隊を作ったんです。軍隊を作ることによって、国を守るというひとつの旗印ができ、42あるノモス、県ですね、から人を集めたんです。
非常に危機的な状況だぞ、といって軍隊を作り、軍隊を出したところにはお金を出す。ピラミッドを作ることが公共事業であったのと同じように、軍隊を作ることが公共事業でもあったのです。税金を集めても、その税金を必ず戻すという約束を生んだんですね。
軍隊は中王国時代のはじめのところではじめてエジプトに出てきます。ですから中王国時代の最初のお墓には軍隊が弓や槍などを持っている彫像がいくつか出ています。軍隊を作ったことはこの時代の大きな特徴といえるのです。
この人の名は『平和をもたらした男』。国を再統一する基盤を作ったといえるのですね。 |
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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