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| 年表 |
突然「第一中間期」と言ってもなかなか理解しにくいと思います。中間ってなんだろう?って思いますよね。これは後の世につけられた時代区分でして、古王国時代と中王国時代の間のクッションとしてできた時代。わかりやすく言いますと、中央集権国家がこわれて次の中央集権国家ができるまでの、混乱期ということでしょうか。混乱期というと、国中がぐちゃぐちゃになってどうしようもなくなってる、というイメージをもたれるかもしれませんが、そうではなく、一人の王が全エジプトを意のままに動かすことができないということなんです。逆にいうと地方が分権というか、主権を持っている。…各地方の豪族が、『自分は自分、王は王』と考えていた時代です。 |
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ペピ二世のピラミッド
(サッカラ) |
どうしてそういうことが起きたかといいますと、ペピ二世という古王国時代の一番最後の王が余りに長い間王をやりすぎた。そうしますと世の中は腐敗していきますから、賄賂は横行するし、勝手な方向に行くし、ということになっていくんですね。
王の全盛期のエジプトの良さって一人の王が国民のことを考えて、国民が生きやすいように、つまり幸せということですね、食べるものがちゃんとあるとか、税金をたくさん払っても後で戻ってくるという社会システムを一人の王の下に行っていたことだと思うんです。
ところが、時々税金をごまかすような荘園領主や地方豪族が出てくる。王に威厳があればそれを一喝もできるのですが、だんだんとその威厳もなくなっている。王にも弱みがあるんですね。そうなると地方豪族は勝手なことを始めるようになります。それを取り締まるシステム…、警察とか、軍といった国家的なものがなかったので、ずる賢いやつが力を持ち始めていったということです。
そういうことをしている中で自分が力を持っていることに気付いた王がいました。ケティという王です。
この、王の名は即位名です。国を平和にした男というような名前のついているような人ですから力を持ってみんなを少しずつ少しずつ自分のところへもってきたんじゃないか。
王とは、皆から税金を集める力を持つということですから、一人の王が税金を集め始めたということは、混乱期であった第一中間期が終焉に近づいていったということです。 |
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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