| 第4回 |
「なぜ古王国時代は終わったのか」
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6/27〜 |
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ペピ一世像(カイロ・エジプト博物館蔵) |
突然古王国時代が終わった、と聞くと皆さんビックリされるでしょう。あの栄華の財を尽くした第四王朝のギザのピラミッドを思うと、とてもピラミッド時代が終わるとは思いませんよね。ただひたすら古王国時代が滅びる。滅びるといってもエジプトが滅びるのではなく、この全体の古王国、ピラミッドを作っていたピラミッド文化の時代が終焉する。もう石でピラミッドを作るのはやめよう。やめざるを得ないということなんですね。その一番最後にそういう役割を果たしたのはペピ二世という人なんです。このペピ二世という人はペピ一世が早くに亡くなったため6歳で母の助けを得て、つまりお母さんが摂政として後ろ盾になって王になったんです。ですからペピ二世の政治はほとんど母親の思うままだったんです。古王国時代はあまり戦争のなかった時代で、戦争をしなくても磐石たる力がありますから、他の国が畏敬のまなざしで見ていました。そうしてこの東地中海の平和が保たれていたのですが、どうもエジプトの様子がおかしいぞとざわつき始めるようになったのです。南でも『エジプトがあまり大したことないな』、オリエントでも『大国のはずがだいぶ中がガタガタしてるね』、リビアの遊牧民が『ナイル川の土地がいただければもっと生活が豊かになる』と、そんな風にざわついてきたのです。 |
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ペピ二世のピラミッド(サッカラ) |
不愉快になったのはペピ二世の母親です。エジプトの偉大さを示してやれとばかりにペピ二世、或いはペピ二世を支えた人々かをけしかけて一気に戦いに打って出ます。実は古王国時代は、私兵といって、特定の豪族や力の強い王が自分の費用で自分を守るための親衛隊みたいのを持っていたのですが、国家としての軍隊はなかったんですね。それが一気に、軍隊とまではいかなくても、それに近い形の軍事組織、兵隊組織みたいのを作ったんです。これは画期的なことでした。この軍事組織、兵隊組織がどのようになったかというと、各地の力を持った貴族にあてがわれたというか、『お前のところで兵隊を出しなさい』と命令されたことにより、各地方中央が軍隊組織をもってしまった。力を持つとみんなすごいと思いますから、こうして古王国時代が危うくなった。ピラミッドを作るから税金を出せといわれても出さない人が出てくる、というようなことになり、ついにこの第六王朝をもってして、ピラミッドを石から作った時代が終わってしまうのです。 |
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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