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吉村作治 エジプト博物館
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第3回 「星辰信仰から太陽信仰へ」 3/21〜
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朝日を拝む夫婦
(ルクソール西岸、ナリネフェル墓)
星辰信仰(せいしんしんこう)…。ちょっと耳慣れない言葉ですけど、星の信仰、すなわち北極星を信仰する考え方のことです。太陽信仰はわかりますよね?太陽神ラーを信仰する考え方です。どうしてこんなことを比較しなければならないかと皆さん疑問に思うかもしれませんね。古代エジプトの王朝が統一されたのは今から5000年前ですが、誰が統一したか、というところまで話はさかのぼります。誰が統一したかということですが、はっきりと書かれていませんが、エジプトの北側、西アジアのパレスチナの方から入ってきた人やその子孫がエジプトを支配したことがはじまりといわれています。彼らは自分たちがきた方角、北ですね、その北を最もはっきり表わす北極星の方を見ながら「我々の祖先はあっちから来たんだよね」と。つまりは祖先信仰ということです。それから300年ほどたちますともともとエジプトに住んでいた人たちがここは自分たちの土地ではないか。自分たちも神が欲しい、と思い始めるわけです。
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太陽神ラー
(ルクソール西岸、ネフェルタリ王妃墓)
エジプトは乾燥地帯で1年中太陽が照っています。太陽あっての自分たちということを考えると、太陽信仰になるのです。そしてヘリオポリス、当時の言葉でオンというところの人たちが太陽信仰をもつようになり、エジプトの神を太陽神が束ねるという時代になっていったのです。これがエジプトの民族派の始まりです。エジプトが統一されてからはじめて、外来派と民族派の戦いが始まったのです。この戦いこそがまさしく、屈折ピラミッドと真正ピラミッドの大きな違いに表れるのです。ですから、スネフェル王の時代というのは、外から入ってきた外来派と内から立ち上がった民族派の最後の戦いの場といえると思います。私も古代エジプトを長く調査、研究しておりますけども、その辺に気付くのに30年かかりました。外来派と民族派の話はどこの国にもあります。日本にも仏教が伝来し、神道対仏教でかなり格闘し、聖徳太子のころ、仏教に軍配が上がりました。日本は外来派に負けてしまいましたがエジプトは逆です。民族派、エジプトそのものの信仰がついに勝つのですが確実に勝ったのはその次の代です。
その鍵を握っていたのは次回お話するヘテプヘレスです。
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吉村作治〜私の素顔
吉村作治さんの写真1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!

情報提供: HISTORY CHANNEL
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