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階段ピラミッド
(サッカラ) |
階段ピラミッドといえばピラミッド・コンプレックスの始まりともいえます。 階段ピラミッドは形が階段状なのでこう呼ばれています。英語ではSTEP
PYRAMID といいます。人類最古の石造大建築です。 メソポタミアのジグラットも同じような形をしていますが、こちらは泥のレンガ(日乾レンガ)製で高さは30m、幅は4〜50mです。一方階段ピラミッドは、石で作られています。高さは60m。約倍ですね。幅も100m以上。石の数は300万個ぐらいです。
階段ピラミッドの石というのは我々が思っているピラミッドの石に比べると圧倒的に小さいんです。幅は70cmから1mぐらい。高さはスラブ状(板状)ですから、厚さといったほうがいいですかね、10cmぐらいです。
今までヨーロッパのエジプト学者は、階段ピラミッドになぜそういう石を使ったのかということを考えるとき、ギザの真正ピラミッド、世界最大のクフ王の大ピラミッドから考えを始めます。
ギザのピラミッドのころにはソリが使われていたことがわかっているのですが、階段ピラミッドのころにはまだソリが発明されていなかった。そのあたりから考えを始めるんですね。
ソリがなかったため、石を薄く切らなければいけなかったんです。彼らの頭の中では石切り場は山ごと全部ひとつの石という感覚があるわけです。
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大ピラミッド
(ギザ)
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2002年、階段ピラミッドのすぐそばの石切り場で自然に板状になっている石が見つかりました。元素分析の機械を使ってその石と階段ピラミッドの石の元素の組成を調べたところ全く同じだったんですね。すなわち、最初からきちっと板状になった石、頁岩が積み上がっていたんですね。ですからソリを発明する必要がなかったことがわかったんですね。ヨーロッパの人にとっては驚くべきことでした。
階段ピラミッドの石の形はすぐそばにそういう石があったから、ということで、ピラミッドは割りと近くの石を重要視していたという理論にもなるわけです。このことがピラミッド論争が様変わりしていくという元になるんですね。
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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