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クヌム神
(エスナ・クヌム神殿) |
イムヘテプとはどんな人物か――?前回お話しましたように、イムヘテプはアスワンのクヌム神殿の神官でした。クヌム神はナイル川の神様です。クヌム神はナイル川がコンスタントに流れるということで、主たる神様でした。牡羊の顔をしていました。
この神官であったイムヘテプはジェセル王との約束を守って次の年、水をコンスタントに流した。これはどうしてでしょう…? イムヘテプ自身はもともとエジプトの人ではありませんでした。お父さんやおじいさんはメソポタミア…シュメールから来た職人というか、知識人だったようです。下エジプトの人たちにも非常に好かれていたといわれています。シュメールはエジプトより1000年ぐらい古いですからいろんなことを体験していて、特にメソポタミアの方のチグリス、ユーフラテス川をコントロールしていたんですね。そして堤防とかダムの理論を使ったのではないか。コンスタントに氾濫させるために小さなダムを作って水を貯め、時期がきた時に外して一気に氾濫に持ち込んだということではないかと考えられています。
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イムヘテプ像
(カイロ・エジプト博物館蔵) |
ジェセル王はイムヘテプを気に入り都に呼び、こういう課題を与えました。
「エジプトが全世界(といっても東地中海ですが)にいかに力があるかということを見せるようなモニュメントを作るように」
イムヘテプは一生懸命考えたんでしょうね。こうしてかの有名な階段ピラミッドというものが考え出されたわけです。
後の世の欧米の研究者たちは、階段ピラミッドについて、マスタバ(アラビア語で「ベンチ」という意味です)という台状のお墓を積み重ねたものだといっていますが、どう考えてもそういう発想ではないと私は考えています。マスタバはお墓ですからお墓を重ねていくというのは考えづらいですね。
むしろイムヘテプのお父さんやおじいさんがシュメールから来たとなりますと、シュメールはエジプトより数百年前にすでにジグラットという、同じような形のものを作っていましたから、そのイメージがあったのではないかと思うんですね。
エジプトでは「夢からでてくる」というのがたくさんあるんですが、イムヘテプはそういうのを夢で見て、ジグラットの上をジェセル王の魂がすーっと飛んでいくようなイメージで考えた。それが階段ピラミッドの発想の原点であろうというのが私の考えです。
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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