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ジェセル王座像
(カイロ・エジプト博物館蔵) |
ジェセル王というのは“偉大なもの”とか“権力をもつもの”といった意味なんですね。ジェセル王がこの世に出てきた時に、いかに力を発揮して上下エジプトをまとめ上げたか。いってみれば古代エジプト王朝の再興の人、ナルメル王に継ぐ初期の偉大な王ということなんです。ジェセル王の政治の仕方、国の治め方が非常に立派だったことはいくつかの碑文にかかれていますし、エジプト、今の中東というんですかね、当時の東地中海の世界でも力を持った王として君臨したと記されております。しかしその中で特に書かれているもの、残されているものはセーヘル島の飢餓碑文です。セーヘル島というのはアスワンのちょっと下のエレフアンティネ島すぐそばにある小さな島で、人は住んでいません。そこに、たくさんの岩に刻まれた碑文がありまして、その中にジェセル王の治世7年の時にナイル川の氾濫がうまくいかないため、何年か作物ができず、飢餓状態だったということが書かれています。それを知ったジェセル王は船に乗って都のメンフィスから上がってきました。(川を上るのは大変そうですが、ナイル川では風がいつも下流から上流に流れていますので帆を上げれば地中海周辺からなら1週間ぐらいでアスワンに来られます。メンフィスからだと5日ぐらいでしょうか) |
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イムヘテプ像
(カイロ・エジプト博物館蔵) |
物々しく艦隊を作って上ってきたんでしょう。そして、どうしてナイル川の水がうまく氾濫しないのかということをそこにいたクヌム神官であるイムヘテプに聞くわけです。するとイムヘテプはクヌム神の気持ちが鎮まればナイル川の氾濫は必ず元に戻ります。と力強い発言をするのです。そして翌年、きちっとナイル川の氾濫は元通りになったんですね。
それから、ジェセル王はエジプト支配だけでなく、外国に対する影響力も増すような隆盛となるわけです。
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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