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ナルメル王のパレット【裏】
(カイロ・エジプト博物館蔵) |
ナルメル王…。わかるような、わからないような。日本語に似てるような、似てないような名前ですけど、実はこの「ナルメル王」というのはエジプト史上最古のヒエログリフなんです。意味は「強いナマズ」、「荒れ狂うナマズ」。荒れ狂うとは、戦いが大変好きだというような意味です。
ナルメル王がどうしてわかったかといいますと、ナルメル王のパレットというのがありまして、(パレットとは化粧板です。化粧する時だけでなく、部族の象徴として使われる、旗印みたいなものです。)そこにナルメルという名前が出てくるのです。
この人がエジプト中を平定、征服している図が表と裏に描かれているんです。特に片方には「勝ったぞ!」というメッセージが、もうひとつには戦っている途中で敵をなぎ倒しているところなどがあります。このほかにこん棒の柄のところに戦闘の状況がかかれているものも見つかっています。
このナルメル王がナイル川を北に下っていきまして、デルタ地帯を占領したり、デルタ地帯を狙ったりした西アジア(今のレバノンやシリア)の人たちを追い出して国家を統一したとわけです。
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| 王名表
(アビドス、セティ一世葬祭殿) |
ところが、大変不思議なことに、もう一人、メネスとかメニという名前の人が国家を統一したという説もあるのです。このメネスとかメニという名は、紀元前1300年、今から3300年ほど前のラムセス2世の時代に作られた歴代の王様のリスト、王名表のトップにでてくるんですね。王名表は今までに5つ見つかっていますけれど、そのどこにもナルメルという名前は出てこないんです。トップにあるのはすべて、メネスとかメニといった名前です。
これは一体どういうことなのか、エジプト史上最大の謎なんですね。最初っから謎じゃあしょうがないかと思われるでしょうが、このあとの王様に関して書かれていることにほとんど問題はありませんから、最初の人だけということは大変な謎になるのです。
このことは次回お話しましょう。
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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