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| ナイル川 |
エジプトといいますと皆さん「ナイル川に咲いた古代文明の花」というとらえ方をなさいますね。まあそれは間違いないですね。
人類500万年の歴史の中で人類が…猿人の時代から原人とずっと続いてナイル川の上流から下流まで歩いてきたのです。特に今から4〜5万年前に地球の乾燥化が始まります。そして、2〜3万年前に氷河期があり、その間の人類の移動はあまりないのですが、1〜1万2000年前に氷河期が終わりますと、上流からたくさんの人が下りてきて、住みよい場所に住んでいくわけです。そして、エジプトに入ってくるのが1万年ぐらいたった時ですね。人が増えてきて食べ物のテリトリーが決まってきますと村落共同体というのが生まれ、ナイル川の文明の一番重要なポイントとなってきます。
この村落共同体がいくつか一緒になって町ができます。その町がいくつか一緒になって都市ができます。西アジアなどでは都市国家になっていきますが、エジプトでは「ノモス」というひとつの単位になるわけです。ノモス(日本語では「州」と訳されています)は上エジプトには22、下エジプトに20。この42のノモスはもともとは村落共同体の少し大きなものと考えるのがいいと思います。
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パレットに描かれたナルメル王
(カイロ・エジプト博物館蔵) |
ナイル川は上エジプトと称される今のカイロの上流です。アスワンからもう少し行ったヌビア地域のヴァレー。河谷とか峡谷ともいって、谷になっているんですね。山がせりだしていまして、少しなだらかになり、緑地が続いて耕作地になって…。というのが200kmぐらいずっと続いているのですが、この中でエジプト部分というのは約500km。突然カイロのところからぱーっと広がり、デルタ地帯…、ほとんど畑になってしまうんです。このあたりが下エジプトです。
エジプトはこのように上エジプトと下エジプトに分かれてまして、王国とまでいきませんが次第に各部分部分で権力者が出てきます。
そしてナイル川を媒体にしながら交易が盛んになったり、人的な交流がふえてきました。そしてこのままでは戦争が起きそうだなという時に、上エジプトのヒエラコンポリスというところから出てきたナルメル王という人が国家を統一した。今から5000年前、紀元前3000年前後にエジプトがひとつになるのです。
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●1943年東京生まれ。
幼い頃からエジプトに興味を抱き、1966年に早稲田大学古代エジプト調査隊を組織し発掘を始めました。
ルクソール西岸の『魚の丘』、クルナ村の貴族墓では200体のミイラや未発見貴族墓、クフ王のピラミッド内の第2の『太陽の船』を発見したのは実は私なんですよ。
発掘活動の現状報告などもお話していこうと思っています。
現在早稲田大学客員教授(工学博士)。
本もたくさん書いています。デジタル衛星放送・ヒストリーチャンネル「吉村作治 エジプト博物館」にも出演していますので、こちらをご覧になれば「動く私」に会えますよ!
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